ショーン・マークス
ショーン・アンドリュー・マークス(Sean Andrew Marks, 1975年8月23日 - )は、ニュージーランドオークランド出身の元プロバスケットボール選手、指導者。NBAのブルックリン・ネッツのGM。選手時代のポジションはパワーフォワード、センター。身長208cm、体重114kg。ニュージーランド人史上初のNBAプレイヤー。
![]() 現役時代 (フェニックス・サンズ) のマークス | |
| ブルックリン・ネッツ GM | |
|---|---|
| ポジション | PF/C |
| 役職 | ゼネラルマネージャー |
| シュート | 右手 |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1975年8月23日(48歳) |
| 出身地 | オークランド |
| 身長(現役時) | 208cm (6 ft 10 in) |
| 体重(現役時) | 113kg (249 lb) |
| キャリア情報 | |
| 出身 | カリフォルニア大学バークレー校 |
| NBAドラフト | 1998年 / 2巡目 / 全体44位 |
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ニューヨーク・ニックス から指名 | |
| プロ選手期間 | 1998–2011 |
| 背番号歴 | 22, 4, 40 |
| 経歴 | |
| 選手時代: | |
| 1998-2000 | |
| 2000-2001 | |
| 2001-2003 | |
| 2003-2006 | |
| 2006-2008 | |
| 2008-2010 | |
| 2010-2011 | |
| コーチ時代: | |
| 2013-2014 | サンアントニオ・スパーズ (AC) |
| 受賞歴 | |
| 通算成績 | |
| 得点 | 638 (2.8 ppg) |
| リバウンド | 501 (2.2 rpg) |
| ブロック | 87 (0.4 bpg) |
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Stats Basketball-Reference.com | |
| 代表歴 | |
| キャップ |
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経歴
高校時代までオークランドで暮らした後、1995年にアメリカ合衆国のカリフォルニア大学バークレー校に入学し、政治学を専攻した。大学には4年間在籍し、1998年のNBAドラフトではニューヨーク・ニックスより全体44位指名を受けた。その後、トロント・ラプターズへトレードされてプロキャリアがスタートした。ニュージーランド代表にも選出され、2000年のシドニーオリンピック、2002年のバスケットボール世界選手権、2004年のアテネオリンピックに出場した。
2000年までの2シーズンをラプターズでプレイしたが、オフに解雇された。そのため2000-01シーズンはポーランドリーグのスラスク・ヴロツワフと契約。シーズン中にシアトル・スーパーソニックスと契約したが出場することなく解雇され、再びポーランドへ戻った。
翌年の2001-02シーズンはマイアミ・ヒートと契約。21試合に出場し、初先発も果たした。2003年9月にはサンアントニオ・スパーズと契約。しかしこの年は左膝蓋骨腱炎の治療のために1試合も出場することができなかった。なお、スパーズ在籍中の2005年にはチャンピオンリングを獲得している。2005-06シーズンには、2006年2月8日にキャリアハイとなる16得点を記録した。
2006年から2008年はフェニックス・サンズ、2008年から2010年はニューオーリンズ・ホーネッツに所属。2010-2011年シーズン のポートランド・トレイルブレイザーズ所属を最後に引退した[1]。
2012年サンアントニオ・スパーズのバスケットボールオペレーションズディレクターおよびDリーグオースティン・トロスのGMに就任し[2]、2013年アシスタントコーチになり、2014年の優勝に貢献した。2014年アシスタントGMに就任。
2016年2月18日、ブルックリン・ネッツのGMに就任した[3]。
備考
- NBAでのキャリアは長いが、1シーズンの出場試合数の最高は25試合のみ。主にベンチでチームに貢献する。
- 二児の父親。
脚注
- Spurs coaching job awaits retiring Sean Marks
- Sean Marks - Director Of Basketball Operations Toros General Manager
- “Nets hire Sean Marks as new general manager”. NBA.com (2016年2月18日). 2016年2月19日閲覧。
外部リンク
- 選手の通算成績と情報 NBA、Basketball-Reference、Eurobasket、RealGM
