ジェフ・アグース

ジェフ・アグースJeffery Alan “Jeff” Agoos: 1968年5月2日 - )は、スイス生まれの元アメリカ代表のディフェンダーであり、代表チーム史上でも特筆して数多く出場したサッカー選手である。2012年現在のところ、ラジオのサンノゼ・アースクエイクスの試合のピッチコメンターをしている。

ジェフ・アグース
名前
本名 ジェフリー・アラン・アグース
Jeffery Alan Agoos
ラテン文字 Jeff AGOOS
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1968-05-02) 1968年5月2日(55歳)
出身地 スイスの旗 スイスジュネーヴ
身長 178cm
選手情報
ポジション DF
ユース
1986-1990 アメリカ合衆国の旗 バージニア大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1991 アメリカ合衆国の旗 メリーランド・ベイズ 5 (0)
1991-1992 アメリカ合衆国の旗 ダラス・サイドキックス (インドア) 30 (7)
1994 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス・サルサ
1994-1995 ドイツの旗 SVヴェーエン 9 (0)
1996-2000 アメリカ合衆国の旗 D.C. ユナイテッド 158 (7)
2000 イングランドの旗ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン 0 (0)
2001-2004 アメリカ合衆国の旗 サンノゼ・アースクエイクス 98 (6)
2005 アメリカ合衆国の旗 メトロスターズ 27 (0)
代表歴
1988-2003 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 134 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

アグースは5度のメジャーリーグサッカー(MLS)のチャンピオン(3回はD.C.ユナイテッド、2回はサンノゼ・アースクエイクスで達成)になっている。また、1996年USオープンカップの勝ち取り、2001年にはMLS最優秀ディフェンダーに選ばれている。2009年にはアメリカサッカー殿堂入りを果たしている。

少年期と教育

愛称がガチョウ(Agoosの読みをもじってGoose)と呼ばれた少年は、スイスのジュネーヴで生まれ、その時にアメリカの外交官の仕事をしていたので、後にアメリカに移住することになった。彼はテキサス州で育ち、リチャードソンのJ.J.ピアーズ高校に入学した。在学中に、パレードマガジン誌の全米高校とダラスの年間トップアスリートとして掲載された。アグースはユダヤ教徒として育ち[1]、1985年の夏季にはユダヤ人で開催されるスポーツの祭典、マカビア競技大会に出場している。[2]

大学キャリア

1986年から1990年まで、アグースはバージニア大学ブルース・アリーナ監督のもとでプレーした。4年間の中で、全米大学ベストチームに選ばれること2度(1988年と1990年)、そして、4年次にはハーマントロフィー選考で2位だった。

1989年、大学3年次には、バージニア大学は全米大学体育協会(NCAA)選手権決勝では、サンタクララ大学と1-1の引き分け試合を4度演じた。両チームとも再試合を望んでいたが、NCAA側が両校優勝という裁定を下した。その頃にはPK戦での決着はなく、引き分けで終わるのが決まりだった。そのシーズンの終わりに、アグースは再びマカビア競技大会にアメリカ代表として出場している。[2]

プロキャリア

大学を卒業した後の1991年、アグースはA-リーグメリーランド・ベイズでプレーした。直後の同年2月13日、メジャーインドアサッカーリーグダラス・サイドキックスが彼をドラフト2巡目で指名した。彼は1991-1992シーズンで30試合に出場し、7得点した。1992年はサイドキックスを去り、全てをサッカーのアメリカ代表に捧げたが、ダラスは、今度は1993年のコンチネンタルインドアサッカーリーグ(CISL)のドラフトでまたも引き当てたが、さすがに契約にサインをしなかった。

1994年6月26日、アグースは1994年ワールドカップの選考から外れ、ロサンゼルス・サルサと契約し、北米プロサッカーリーグ(APSL)でプレーすることにした。[3] サルサはプレーオフの準決勝まで進み、個人としてもリーグのセカンドチーム表彰がされた。その年の秋、ドイツに渡航し、SVヴェーエンで1994-1995シーズンを過ごしたが、翌シーズンにはアメリカに戻り、メジャーリーグサッカーとサインした。リーグのチーム配属が決まるまで、母校バージニア大学のブルース・アリーナ監督のアシスタントコーチをこなし、リーグが創設されると、契約していた各選手をチームに配分を始め、アグースはD.C.ユナイテッドに配され、さらにはアリーナ監督も同じチームの監督になった。この年、MLSチャンピオンシップとUSオープンカップの2冠を達成し、翌年もMLSチャンピオンシップを連覇した。1998年、D.C.ユナイテッドは、コパ・インテラメリカーナバスコ・ダ・ガマを破るという大きな偉業を残し、翌年にはMLSチャンピオンも再び獲得した。

個人成績

[4]

クラブ成績 リーグ カップ リーグカップ 大陸大会 通算
シーズンクラブリーグ 出場得点 出場得点 出場得点 出場得点 出場得点
ドイツ リーグ DFBポカール その他 欧州 通算
1994–95SVヴェーエンレギオナルリーガ90
USA League USオープンカップ リーグカップ 北中米カリブ海 通算
1996年D.C.ユナイテッドMLS321
1997年291
1998年211
1999年302
2000年231
2001年サンノゼ・アースクエイクス202
2002年120
2003年282
2004年241
2005年メトロスターズ250
通算 ドイツ 90
USA 24411
総通算 25311

アメリカ代表チーム

アグースのアメリカ代表デビュー戦は、1988年1月10日に行われたグアテマラ戦である。[5]代表初ゴールは、直後の13日、同じくグアテマラ戦であった。彼は最終選考で1994年ワールドカップのメンバーから滑り落ち、その知らせを受けたとき、ユニフォームを焼いてしまうほどのショックを受けた。1998年のフランスワールドカップでは、メンバー入りしていたものの、デイヴィッド・レジスの後塵を拝することとなり、1分の出場もならないままで終わってしまった。34歳で迎えた2002年日韓ワールドカップではグループリーグ3試合に出場したが、衝撃的なポルトガル戦でのオウンゴールを決めてしまい、その後、ポーランド戦では太ももの負傷をしてしまった。そのため、その後の決勝トーナメントには出場していない。彼は、代表通算134試合に出場し、最後の試合は2003年5月26日のウェールズ戦だった。

また、アグースは1992年のフットサルアメリカ代表としてもプレーし、香港での大会で銀メダルを獲得している。フットサルでは10試合2ゴールの記録を残している。

代表戦ゴール

#日時場所対戦相手スコア最終結果大会
11988年1月13日グアテマラシティ,グアテマラグアテマラの旗 グアテマラ1–01–0親善試合
21993年11月13日ミッションビエホ,カリフォルニア州ケイマン諸島の旗 ケイマン諸島 4–08–1親善試合
31996年1月20日ロサンゼルス,カリフォルニア州グアテマラの旗 グアテマラ2–03–01996 CONCACAFゴールドカップ
42002年2月2日パサデナ, カリフォルニア州コスタリカの旗 コスタリカ2–02–02002 CONCACAFゴールドカップ

引退後のキャリア

アグースは2006年9月28日にニューヨーク・レッドブルズのテクニカルダイレクターの職に就き、再びアリーナ監督と仕事をしている。彼は公式には2007年1月1日にレッドブルズ組織に入っている。[6]2008年1月7日、スポーティングダイレクターに昇格した。[7]

2011年3月28日、彼はMLSの大会テクニカルダイレクターとして招聘を受けた。現在は大会運営や分析を行っている。[8]

脚注

  1. The Jewish Earthquake”. JewishJournal.com. 2011年3月29日閲覧。
  2. Jeff Agoos”. Jewish Virtual Library. 2009年4月11日閲覧。
  3. Nigeria's Foul Act Merits Fair Punishment
  4. ジェフ・アグース”. World-soccer.org. 2011年1月25日閲覧。
  5. http://www.ussoccerplayers.com/player/agoos-jeff
  6. Technical director, Bulls
  7. Sporting Director promotion
  8. Goff, Steven. “[Tuesday kickaround: USA-Paraguay, USA-Spain, Marcelo Bielsa, Jeff Agoos, Chad Ochocinco, TV listings Tuesday kickaround: USA-Paraguay, USA-Spain, Marcelo Bielsa, Jeff Agoos, Chad Ochocinco, TV listings]”. Soccer Insider. Washingtonpost.com. 2011年3月29日閲覧。

外部リンク

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