ジェームズ・コールフィールド (第3代チャールモント子爵)

第3代チャールモント子爵ジェームズ・コールフィールド(英語: James Caulfield, 3rd Viscount Charlemont、1682年7月29日洗礼 – 1734年4月21日)は、アイルランド王国の貴族、政治家。

生涯

第2代チャールモント子爵ウィリアム・コールフィールドとアン・マーゲットソン(Anne Margetson、1729年没、ジェームズ・マーゲットソンの娘)の次男として生まれ、1682年7月29日に洗礼を受けた[1]。ダブリン大学トリニティ・カレッジで教育を受け、1702年にB.A.の学位を、1704年にM.A.の学位を修得した[1]。

1703年にチャールモント選挙区でアイルランド庶民院議員に当選したが、1705年に一時海外逃亡を余儀なくされた[2]。その後、1713年に再び同選挙区の議員に就任、1726年まで務めた[2]。1726年7月21日に父が死去すると、チャールモント子爵位を継承、1727年11月29日にアイルランド貴族院議員に就任した[1]。

1734年7月21日にダブリンで死去、アルマーで埋葬された[1]。息子ジェームズが爵位を継承した[1]。

家族

エリザベス・バーナード(Elizabeth Bernard、1703年2月21日 – 1743年5月20日、フランシス・バーナードの娘)と結婚して[1]、2男1女をもうけた[3]。

  • ジェームズ(1728年 – 1799年) - 第4代チャールモント子爵、初代チャールモント伯爵
  • フランシス(1775年11月没) - 1760年10月11日、メアリー・エア(Mary Eyre、1775年11月没、初代エア男爵ジョン・エアの娘)と結婚、1男1女をもうけた
  • アリシア(Alicia、1797年12月17日没) - 1764年4月23日、ジョン・ブラウン(後の初代キルメイン男爵)と結婚、子供あり

出典

  1. Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary; Doubleday, H. Arthur, eds. (1913). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Canonteign to Cutts) (英語). Vol. 3 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. pp. 136–137.
  2. "Biographies of Members of the Irish Parliament 1692-1800". Ulster Historical Foundation (英語). 2020年4月7日閲覧。
  3. "Charlemont, Viscount (I, 1665)". Cracroft's Peerage (英語). 18 November 2004. 2020年4月7日閲覧。
アイルランド議会
先代
スティーヴン・ラッドロー
エドワード・ライリー
庶民院議員(チャールモント選挙区選出)
1703年 – 1705年
同職:ジョン・コールフィールド
次代
ジョン・コールフィールド
ジョン・デイヴィス
先代
ジョージ・ドディントン
ジョン・デイヴィス
庶民院議員(チャールモント選挙区選出)
1713年 – 1726年
同職:アンドリュー・ロイド 1713年 – 1715年
ハンフリー・メイ 1715年 – 1723年
ジョン・コールフィールド 1723年 – 1726年
次代
ジョン・ムーア
ジョン・コールフィールド
アイルランドの爵位
先代
ウィリアム・コールフィールド
チャールモント子爵
1726年 – 1734年
次代
ジェームズ・コールフィールド
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