ジャクメル
ジャクメル (Jakmèl) は1698年に建設されたハイチ南部の都市。南東県の首都。タイノ語のヤキメル (Yaquimel) から。人口は約19万人(2015年推計[1])。町の様子は19世紀からあまり変わっていない。港町であり、ニューオーリンズ風の大邸宅に住む富裕なコーヒー商人の拠点となった。町の建物にはフランスで購入された鉄製の柱やバルコニーが据えられた。今日、これらの家の多くは、紙粘土の仮面や木彫の動物の置物などを売る工芸店となっている。近年の努力によりかつての葉巻とコーヒー産業が復興しつつある。ジャクメルはその相対的な静けさと首都の最近の政治的混乱からの距離のためハイチでも人気の観光地となっている。
| ジャクメル Jakmèl | |
|---|---|
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| 位置 | |
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| 位置 | |
![]() ジャクメル ジャクメル (ハイチ) | |
| 座標 : 北緯18度14分7秒 西経72度32分12秒 | |
| 歴史 | |
| 建設 | 1698年 |
| 旧名 | ヤキメル |
| 行政 | |
| 国 | |
| 県 | 南東県 |
| 郡 | ジャクメル郡 |
| 市 | ジャクメル |
| 市長 | エド・ゼニー |
| 地理 | |
| 面積 | |
| 市域 | 443.88 km2 |
| 人口 | |
| 人口 | (2015年推計現在) |
| 市域 | 187,253人 |
| 備考 | [1] |
| その他 | |
| 等時帯 | 東部標準時 (UTC-5) |
| 夏時間 | 東部夏時間 (UTC-4) |
歴史
ジャクメルは1698年にフランス領サン=ドマングの南東部の首都として建てられた。この辺りはタイノ族のボヘチョの治めるハラグア首長国の領域だった。フランス人が到来し町を建設してヤキメルからジャクメルに改名された。
ナイフ戦争
トゥーサン・ルヴェルチュールは1799年6月に始まったいわゆるナイフ戦争でジャクメルでアンドレ・リゴーと戦った。11月に反乱軍はこの町に追詰められた。守備隊の司令官はアレクサンドル・ペションだった。1800年3月にジャクメルは陥落し戦争は終結した。ペションらムラートの指導者はフランスへ亡命した。
フランシスコ・デ・ミランダ ベネズエラの国旗を定める
シモン・ボリバルの前にラテンアメリカのスペインによる植民地支配からの解放闘争を指導したフランシスコ・デ・ミランダはジャクメル近郊でベネズエラの最初の国旗を定めた。ジャクメル湾に停泊し、1806年3月12日コルベット艦リアンダー号の艦上で最初のベネズエラ国旗を掲げた。この日は今日もベネズエラで国旗の日として祝われる。
著名な人物
メディア
ラジオ
- Radio Ambiance FM
- Ambiance TV
- Radio Anacaona
- Radio TeleDiffusion Jacmelienne
- Radio Tele-Express Continental
- Radio Vibration Inter
- Radio Jacmel Inter
- Radio Détente
- Radio Négritude
脚注
- “Haiti: administrative units, extended”. geoHive. 2016年10月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月13日閲覧。
外部リンク
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