ジャッキー・ロビンソン・デー

ジャッキー・ロビンソン・デー(英: Jackie Robinson Day)はメジャーリーグベースボールにおける記念日。

概要

1901年頃以降、有色人種排除の方針が確立されていたメジャーリーグ機構で人種差別と闘いながらアフリカ系アメリカ人選手として活躍したことで有色人種のメジャーリーグ参加の道[注 1]を開いたジャッキー・ロビンソン[注 2]の功績をたたえ、2004年4月15日にメジャーリーグ機構はジャッキー・ロビンソンがブルックリン・ドジャース(現:ロサンゼルス・ドジャース)の選手としてメジャーリーグ公式戦にデビューした日である4月15日を「ジャッキー・ロビンソン・デー」と制定した[1]。

アフリカ系アメリカ人選手であるケン・グリフィー・ジュニアがバド・セリグMLBコミッショナーへ提案したことにより、2007年以降はジャッキー・ロビンソン・デーにおいて希望する選手はロビンソンのメジャーデビュー50年目にあたる1997年4月15日以降は全球団共通の永久欠番[注 3]となったジャッキー・ロビンソンの背番号42の付いたユニフォームを着用して試合に出場することができるようになった[2]。2007年のジャッキー・ロビンソン・デーではドジャーズ、カージナルス、パイレーツ、フィリーズ、ブルワーズ、アストロズの選手・監督・コーチ全員が背番号42を使用した[3]。2009年以降はジャッキー・ロビンソン・デーに全ての選手、コーチ、監督、審判が42番のユニフォームを着て試合に出場するようになった。

2020年のメジャーリーグベースボールは新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の流行を受けて7月23日に開幕となったこともあり、ジャッキー・ロビンソンとドジャース会長であるブランチ・リッキーが出会った1945年8月28日に因み、2020年のシーズンは8月28日が「ジャッキー・ロビンソン・デー」として扱われた。

脚注

注釈

  1. ジャッキー・ロビンソンがメジャーリーグ最初の黒人選手であると誤解されがちだが、実際にはアフリカ系アメリカ人のモーゼス・フリート・ウォーカーが1884年にトレド・ブルーストッキングスでプレーしているので、こちらが確認できる黒人選手第一号である。
  2. 1956年にメジャーリーガーを引退し、1972年10月に53歳で死去している。
  3. 制定以前から42を付けていた選手に限って背番号42を継続して付けられる。最後まで背番号42を付けていたニューヨーク・ヤンキースのマリアノ・リベラが2013年で引退し、背番号42の選手はいなくなった。

出典

  1. “Jackie Robinson Timeline (1980-Present)” (英語). MLB.com. 2010年1月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月6日閲覧。
  2. “Griffey, Jr., others to wear No. 42 as part of Jackie Robinson Day tribute” (英語). The Official Site of Major League Baseball (2007年4月4日). 2007年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年6月19日閲覧。
  3. Bill Pennington (2007年4月13日). “A Measure of Respect for Jackie Robinson Turns Into a Movement” (英語). New York Times. 2008年6月19日閲覧。

関連項目

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