ジャーメイン・ジョーンズ

ジャーメイン・ジョーンズ(Jermaine Junior Jones、1981年11月3日 - )は、西ドイツ・フランクフルト・アム・マイン出身の元サッカー選手。元アメリカ合衆国代表。現役時代のポジションはMF。父はアフリカ系アメリカ人の元アメリカ軍人、母はドイツ人のハーフ。

ジャーメイン・ジョーンズ
アメリカ合衆国代表でのジョーンズ (2013年)
名前
本名 Jermaine Junior Jones
ラテン文字 Jermaine Jones
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1981-11-03) 1981年11月3日(42歳)
出身地 西ドイツの旗 西ドイツ・フランクフルト・アム・マイン
身長 184cm
体重 80kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
1988-1994 ドイツの旗 ボナメス
1994-1995 ドイツの旗 バート・フィルベル
1995-1999 ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1999-2004 ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルトII 31 (9)
1999-2004 ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト 46 (7)
2004-2005 ドイツの旗 バイエル・レバークーゼンII 15 (5)
2004-2005 ドイツの旗 バイエル・レバークーゼン 5 (0)
2005 →ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト (loan) 14 (3)
2005-2007 ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト 24 (2)
2007-2014 ドイツの旗 シャルケ04 129 (7)
2011 →イングランドの旗 ブラックバーン・ローヴァーズ (loan) 15 (0)
2014 トルコの旗 ベシクタシュ 10 (0)
2014-2015 アメリカ合衆国の旗 ニューイングランド・レボリューション 28 (2)
2016 アメリカ合衆国の旗 コロラド・ラピッズ 9 (3)
2017 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス・ギャラクシー 20 (1)
2018 アメリカ合衆国の旗 ヴェンチュラカウンティ 1 (0)
2019-2020 アメリカ合衆国の旗 オンタリオ・フューリー 5 (10)
代表歴
2001-2003  ドイツ U-21 8 (3)
2004 ドイツの旗 ドイツ B 1 (0)
2008 ドイツの旗 ドイツ 3 (0)
2010-2017 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 69 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

2008年からドイツ代表に選出され、2010年からはアメリカ合衆国代表でプレーした。

経歴

デビュー当初はフォワードとしてプレーしていた。2004年には強豪バイエル・レバークーゼンへ移籍するも、挫折を味わい、わずか1年でレバークーゼンを後にする。フランクフルト復帰後にフォワードからボランチへとコンバートしたことが転機となり、ドイツ代表にも選出された。

2007-08シーズンからはシャルケ04に移籍。2010-11シーズンは出場機会に恵まれず、2010年11月にはシャルケの監督フェリックス・マガトを批判したことからチームからも隔離された。結局、2011年1月18日に、ブラックバーン・ローヴァーズFCへシーズン終了までの期間で期限付き移籍した。

2014年1月30日、トルコ・スュペル・リグのベシクタシュJKに完全移籍[1]。

2014年8月24日、ニューイングランド・レボリューションに加入した[2]。

2016年3月4日、コロラド・ラピッズに移籍した。

2016年12月13日、ロサンゼルス・ギャラクシーに移籍した。

2018年9月7日、現役引退を表明した[3]。

2019年3月13日、アメリカ・プロインドアサッカーリーグのメジャー・アリーナ・サッカーリーグに所属しているオンタリオ・フューリーと契約を結んだ[4]。

代表

2008年2月6日、オーストリア代表戦の82分にトーマス・ヒッツルスペルガーとの交代でピッチに立ち、ドイツ代表デビューを果たした。なおこの試合で、同じシャルケ所属のハイコ・ヴェスターマンも代表デビューしている。同年5月16日、UEFA EURO 2008の代表候補26名に選ばれた (本大会メンバーからは落選)[5]。

UEFA EURO 2008以降ドイツ代表での出場機会が失われたことから、改正されたFIFAの新たな規則を利用。ジョーンズは父親がアメリカ人であり、またA代表での出場経験があるものの全て親善試合であり、FIFA、UEFA主催の試合に出場した経験がなかったため、アメリカ代表でのプレーも可能であった。2009年6月にアメリカ代表への「移籍」を希望し、ドイツサッカー連盟に受け入れられた。同年10月にFIFAにも正式に受け入れられたが、負傷により招集は見送られ、2010 FIFAワールドカップに出場することもできなかった。

ワールドカップ後の2010年8月4日にブラジルとの親善試合に向け初招集を受けるも、またも負傷し出場を逃す。2010年10月9日のポーランド戦でようやくアメリカ代表デビューを果たすと、ジョジー・アルティドールの先制点をアシストした。2011 CONCACAFゴールドカップのメンバーにも選出された。

2011年6月19日のCONCACAFゴールドカップ、ジャマイカ戦で代表初得点を記録。

2014年6月22日の2014 FIFAワールドカップ、ポルトガル戦では同点ゴールとなるミドルシュートを決めた。

脚注

  1. Goal (2014年1月31日). “シャルケ、ジョーンズのトルコ移籍が正式決定”. 2014年1月31日閲覧。
  2. Goal (2014年8月25日). “アメリカ代表ジョーンズがMLSへ”. 2014年8月25日閲覧。
  3. 超WORLDサッカー! (2018年9月8日). “元アメリカ代表MFジャーメイン・ジョーンズが現役引退”. 2021年2月19日閲覧。
  4. "Ontario Fury Signs Former U.S. International Jermaine Jones" (Press release). オンタリオ・フューリー. 13 March 2019. 2021年2月19日閲覧。
  5. euro2008.uefa.com (2008年5月16日). “ドイツがEURO代表候補発表”. 2009年2月17日閲覧。

外部リンク

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