ジュディ・ダナウェイ

ジュディ・ダナウェイ(Judy Dunaway、1964年 ミシシッピ州 - )は、アメリカ合衆国の作曲家、即席演奏家、コンセプチュアル・アーティスト。主として、ラテックスのバルーン(風船)のための音楽作品で知られている。ダナウェイはバルーンを楽器として扱い、1990年以降、そのための曲を30曲以上作曲し、また即興演奏も行っている。

ジュディ・ダナウェイ
Judy Dunaway
生誕 1964年(59 - 60歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ミシシッピ州
ジャンル 実験音楽、フリー・インプロヴィゼーション
職業 作曲家、即席演奏家、コンセプチュアル・アーティスト
担当楽器 ラテックス・バルーン

経歴

ニューヨーク州立大学ストーニブルック校では、電子音楽作曲家のDaria Semegenやマルチメディア・アーティストのChrista Ericksonの下で学び、作曲のPh.D.を得た。さらに、コネチカットのウェズリアン大学ではアルヴィン・ルシエ(en:Alvin Lucier)について勉強し、実験音楽のMA(Master of Arts)(文学修士)を、さらにニューヨーク市立大学ハンター校からも音楽教育のBS(Bachelor of Science)(理学士)を取得した。

ダナウェイのバルーン作品および即興演奏は北米やヨーロッパの会場、フェスティバルで披露されている。具体的には、リンカーン・センターの戸外、REDCAT、ソーホー・アート・フェスティバル、オルタナティブ・ミュージアム、ニッティング・ファクトリー(en:Knitting Factory)、パフォーマンス・スペース122(en:Performance Space 122)、ルーレット、エクスペリメント・インターメディア、サウンドラボ(en:Soundlab)、ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート、バング・オン・ア・カン(en:Bang on a Can)・フェスティバル、ゲルフ・ジャズ・フェスティバル、ベルリンのPodewil、カールスルーエ・アート・アンド・メディア・センターといったところである。また、バルーン・プレイヤーとしては、ジョン・ゾーンやロスコー・ミッチェル(en:Roscoe Mitchell)の作品で演奏したり、フラックス弦楽四重奏団、パフォーマンス・アーティストのアニー・スプリンクル、ビデオ・アーティストのゼヴ・ロビンソン、ヴィジュアル・アーティストのナンシー・デイヴィッドソンとケン・バトラー、パーカッション奏者のジョン・ホーレンベック(en:John Hollenbeck)、マット・モラン、イルミナチ・ビッグ・バンド、DJ Singe、その他大勢とのコラボレーションによる即興演奏を行っている。ダナウェイのバルーン作品には、エレクトロニックおよびマルチメディア作品、サウンド・インスタレーション(en:Sound installation)の他、弦楽四重奏や合唱、日本の琴といった従来の楽器との共演も含まれる。

ダナウェイは社会運動や文明批評にも関わっていて、最近では、『Sex Workers' Internet Radio Lounge』というセックスワーカーの人権に関係したオーディオ・アートと運動のための非営利目的の教育的ネット配信を立ち上げた。

ディスコグラフィ

参考文献

  • Musicworks Magazine, Winter, 2002, “My Beautiful Balloon, Part II: Orchestration and Playing Techniques for Balloons as Sound Producers,” by Judy Dunaway, pp. 40-46.
  • Musicworks Magazine, Fall, 2001, “My Beautiful Balloon, Part I: A History of the Balloon as a Sound Producer in Experimental Music,” by Judy Dunaway, pp. 14-21.
  • "Getting Physical (New York Guitars: Loren Mazzacane Connors, Didkovsky, Phil Kline, John King, Judy Dunaway; Emergency Broadcast Network)" by en:Kyle Gann, en:Village Voice, October 10, 1995 (Vol. XL No. 41, p. 66).
  • "Pop! Goes the Music," by Kyle Gann, Village Voice, August 8, 1995 (Vol. XL No. 32, p. 67).

外部リンク

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