ジョンベル憲兵分隊事件
ジョンベル憲兵分隊事件(ジョンベルけんぺいぶんたいじけん)は、1942年4月から1945年9月の間に、ジャワ島のジョンベル、ボトウオンおよびバニュワンギで、日本軍の憲兵隊員が、被検挙者の拷問・虐待とそれによる致死、オランダ人女性への慰安所での売春の強制などの戦争犯罪を犯したとして、1948年にオランダ軍バタビア法廷で裁かれた事件。[1]
戦犯裁判
脚注
- この記事の主な出典は、茶園 (1992, pp. 115–116)および坂 (1968, p. 21)。
- 茶園 (1992, pp. 115–116)。同書には18人の氏名があるが、このうち実松勇雄憲兵軍曹は1948年3月15日にスラバヤで自殺、審理未了のまま東ジャワに移送された、とされている。坂 (1968, p. 14)では16人で、和田郁重憲兵大尉以下9人がジョンベル憲兵隊、今野勝弥憲兵中尉以下7人がバニュワンギ憲兵隊の所属とされている。
- 坂 (1968, p. 14)。茶園 (1992, pp. 115–116)では名前を「都重」としている。
- 茶園 (1992, pp. 115–116)。日本の軍法会議により公権を剥奪されていた(同)。坂 (1968, p. 14)では「憲兵軍曹」。
- 茶園 (1992, pp. 115–116)。降等して一等兵曹(同)。坂 (1968, p. 14)では「憲兵軍曹」。
- 茶園 1992, pp. 115–116.
- 茶園 (1992, p. 112)、坂 (1968, p. 14)。後者では和田は「5年」。
- 茶園 (1992, p. 115-116)。うち半沢勇憲兵曹長について公報では同年9月26日付(同)。
参考文献
- 茶園, 義男『BC級戦犯和蘭裁判資料・全巻通覧』不二出版、1992年。
- 坂, 邦彦 著、坂邦彦 編『蘭印法廷(1)』東潮社、1968年。
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