ジョン・コート

ジョン・ケントン・コートJon Kenton Court1960年11月26日 - )は、アメリカ合衆国出身の競馬騎手である。おもな騎乗馬に2005年の最優秀芝牡馬ルロワデザニモー、2003年にジャパンカップダートに優勝したフリートストリートダンサーなどがいる。

ジョン・コート
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国フロリダ州
生年月日 (1960-11-26) 1960年11月26日(63歳)[1][2]
騎手情報
初免許年 1980年
免許区分 平地競走
経歴
所属 アメリカ合衆国

経歴

コートは1960年にフロリダ州ゲインズビルで生まれた[3]。家に馬が飼われている環境で育ったコートは、ウィリー・シューメーカーに影響を受けて騎手を志したという[4]。若いころにフロリダ州オカラ近郊のサニーグローブファームでサラブレッドの騎乗をはじめ、その後1980年にコロラド州に存在したセンテニアルパーク競馬場で騎手としての騎乗を開始した[4]

おもに中部地区・西海岸地区で騎乗しており[1]、初期は12年間ルイジアナ州を拠点としていたが、1995年頃よりケンタッキー州インディアナ州に軸足を移している[3][5]。2020年4月現在までに騎乗回数34,294回、4,181勝を挙げている[6]。1987年にはアラバマ州にあったバーミンガム競馬場でリーディングジョッキーの座を獲得、またケンタッキー州のエリスパーク競馬場では1987年から1991年までリーディングに、インディアナ州のフージャーパーク競馬場でも1995年から3年連続でタイトルを獲得している[5]。2000年にはオークローンパーク競馬場で69勝を挙げてリーディングを手にしている[2]

2003年にはフリートストリートダンサーの鞍上として日本に渡り、ジャパンカップダートに出走してこれを制している。同馬の調教師であったダグ・オニールの勧めもあり、2004年からは拠点をカリフォルニア州に移している[7]。この西海岸時代には競走のみならず、テレビドキュメンタリー『アニマルプラネット』の『Jockeys』というシリーズに他の騎手らと出演している[3]。5年の活動後の2009年に中部地区に拠点を戻している[2][5][3]

2006年、コートはジョッキーズギルド書記に就任し[5][3]、また全米サラブレッド競馬協会(NTRA)の運営する障害騎手基金の代表理事も兼任した[3]。2007年にはジョージ・ウルフ記念騎手賞を贈呈されている[3]

長いキャリアと成績を持つ一方で、コートはクラシック競走、特にケンタッキーダービーに出走する機会には恵まれてこなかった。初のケンタッキーダービー参戦となったのはデビューから32年目の2011年のことで、アーカンソーダービー勝ち馬のアーチアーチアーチ(Archarcharch)に騎乗して出走、15着に入っている[1]

2024年5月5日のオークローンパーク競馬場での騎乗を最後に現役を引退する予定である[8]

主な騎乗馬

G1競走優勝馬(騎乗時)
重賞競走優勝馬(騎乗時)
  • ウィルテイクチャージ Will Take Charge - レベルステークス(G2)など。2013年エクリプス賞最優秀3歳牡馬。
  • ナイトライト Nite Light - ターフウェイパークフォールチャンピオンシップステークス(G3)。
  • パーフェクトドリフト Perfect Drift - インディアナダービー(G3)。

脚注

  1. 32年目の夢舞台 コート騎手がKダービー初騎乗へ”. スポニチアネックス (2011年5月5日). 2020年4月15日閲覧。
  2. Jockeys - Jon Court”. oaklawn.com. 2020年4月15日閲覧。
  3. Jon Court Hits 4,000-Win Milestone”. bloodhorse.com (2016年12月3日). 2020年4月15日閲覧。
  4. Jon Court”. US Racing. 2020年4月15日閲覧。
  5. Jon Kenton Court”. America's Best Racing. 2020年4月15日閲覧。
  6. Jon Kenton Court”. 2020年4月15日閲覧。
  7. Jon Court Collects 3,000th Career Victory”. bloodhorse.com (2005年4月7日). 2020年4月15日閲覧。
  8. Jockey Court Set to Conclude 40-Plus-Year Careerbloodhorse.com、2024年5月1日配信・閲覧

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.