ジョン・ワズディン

ジョン・トルーマン・ワズディンJohn Truman Wasdin , 1972年8月5日 - )は、アメリカ合衆国バージニア州スタフォード郡フォート・ベルボア出身の元プロ野球選手投手)、野球指導者。右投右打。

ジョン・ワズディン
John Wasdin
埼玉西武ライオンズでの現役時代
(2009年8月24日、西武第二球場)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 バージニア州スタフォード郡フォート・ベルボア
生年月日 (1972-08-05) 1972年8月5日(51歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 MLBドラフト1巡目
初出場 MLB / 1995年8月24日
NPB / 2002年4月3日
最終出場 MLB / 2007年7月7日
NPB / 2009年8月13日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

プロ入り前

1990年MLBドラフト41巡目(全体1079位)でニューヨーク・ヤンキースから指名されるが、この時は契約せずにフロリダ州立大学へ進学した。

プロ入りとアスレチックス時代

1993年MLBドラフト1巡目(全体25位)でオークランド・アスレチックスから指名され、プロ入り。

1995年8月24日にメジャーデビューを果たす。

レッドソックス時代

1997年1月27日にホセ・カンセコとのトレードで、金銭と共にボストン・レッドソックスへ移籍した。

ロッキーズ時代

2000年7月27日にトレードで、コロラド・ロッキーズへ移籍した。8月22日のアトランタ・ブレーブス戦では、6対6で迎えた延長11回表2死フルカウントから5番打者アンドレス・ガララーガの左上腕に死球をぶつけた上に暴言を吐き、激高したガララーガに殴打され、両軍入り乱れる大乱闘となっている。

2001年6月5日にロッキーズを自由契約となった。

オリオールズ時代

2001年6月11日にボルチモア・オリオールズと契約した。

巨人時代

2001年12月13日にクリス・ブロックとのトレードで、フィラデルフィア・フィリーズへ移籍したが、21日にFAとなった。

2002年1月1日、メジャー通算31勝の経歴を買われ、契約金と年俸合わせて220万ドルで読売ジャイアンツに入団した。

コントロールはなかなか良く、低めに球を集めるタイプで、先発ローテーションの一角を担うことを期待されたが、味方の援護の少なさなどもあり10試合に登板して1勝4敗と振るわなかった。シーズン途中に怪我でファーム落ちすると、そのまま1軍に戻ることはなく同年10月29日に退団となった。

ブルージェイズ時代

2003年4月7日にはピッツバーグ・パイレーツ傘下(当時)のAAA級ナッシュビル・サウンズ完全試合を達成した(この日はNCAA男子バスケットボールトーナメントの決勝戦があったことや、季節はずれの寒さもあり、完全試合を目撃したファンは750人ほどしかいなかったという)。同年、メジャーではトロント・ブルージェイズで3試合(先発2試合)に登板したが、0勝1敗、防御率23.40と振るわなかった。

レンジャーズ時代

2004年から2006年までテキサス・レンジャーズに所属した。

パイレーツ時代

2007年、パイレーツのスプリングトレーニングで親友でもある桑田真澄と再会。メジャー枠を争った桑田から、カーブや打者のタイミングを外す投球術を学んでいる[1]

カージナルス傘下時代

2008年は、セントルイス・カージナルス傘下のAAA級メンフィス・レッドバーズでプレー。41試合に登板し9勝6敗3セーブ、防御率3.51。与四球が少なく、WHIPはチーム最高の1.11だった。

西武時代

2009年1月5日埼玉西武ライオンズと契約を結んだ事が発表された[2]。7年ぶりの日本球界復帰となった。1年契約で契約金・年俸合わせて5000万円。

同年は、開幕してからは、なかなか勝ち星に恵まれなかったが、6月2日に2002年5月以来、7年ぶりの勝利投手になった。同年10月13日にウェイバー不請求で自由契約となった[3]

引退後

その後、アメリカに戻り、フロリダ州ジャクソンビルユニバーシティ・クリスチャンスクール[4]やアスレチックス傘下のマイナー(AA級ミッドランド・ロックハウンズ[5]他)のコーチを歴任した。

2019年シーズンはボルチモア・オリオールズでブルペンコーチを務める[6]も、1年限りで退団となった[7]

投球スタイル

140km/h台後半のストレートとスライダーカーブチェンジアップを投げ分ける。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1995 OAK 520001100.5006917.1144301600994.670.98
1996 25211008700.533575131.1145245054752296875.961.48
1997 BOS 5370004600.400534124.2121183843844068614.401.28
1998 4780006400.60042496.0111142782591057565.251.44
1999 4500008320.72730274.166141800572038344.121.13
2000 2510001310.25019844.24881512361025255.041.41
COL 1431000300.00015435.2426923352023235.801.43
'00計 3941001610.14335280.190142435713048485.381.42
2001 1800002100.66711024.1327821171019197.031.64
BAL 2600001100.50022049.25441645472025234.171.41
'01計 4400003200.60033074.086112466643044425.111.49
2002 巨人 107000140--.20017737.2557910311126194.541.70
2003 TOR 320000100.000355.0162400500131323.404.00
2004 TEX 15100002400.33330165.083182323360052496.781.63
2005 3160003244.60031975.27792021441037364.281.28
2006 950002200.50014130.03361304160019175.101.53
2007 PIT 1200001100.5009319.2321840101013135.952.03
2009 西武 14110002301.40027157.27952105240138345.311.73
MLB:12年 32865200393974.5003475793.187413525234295271724944655.281.42
NPB:2年 24180003701.30044895.1134123015551264535.001.72

記録

NPB

背番号

  • 31(1995年 - 1996年)
  • 46(1997年 - 2001年途中)
  • 45(2001年途中 - 同年終了)
  • 25(2002年)
  • 38(2003年)
  • 47(2004年 - 2006年、2019年)
  • 37(2007年、2009年)

脚注

  1. 西武ワズディン 桑田流頭脳投法で活躍誓う(スポーツ報知)
  2. 新外国人選手契約のお知らせ 埼玉西武ライオンズ公式サイト (2009年1月5日) 2015年9月15日閲覧
  3. 2009年度 自由契約選手 日本野球機構オフィシャルサイト (2009年10月13日) 2015年9月15日閲覧
  4. jacksonville.com
  5. 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2016』廣済堂出版、2016年、250頁頁。ISBN 978-4-331-52002-4。
  6. Jon Meoli (2019年1月23日). Orioles announce coaching staff featuring Doug Brocail as pitching coach, Don Long as hitting coach (英語). The Baltimore Sun. 2019年1月29日閲覧。
  7. Roch Kubatko (2019年10月4日). Orioles decline to renew contract of bullpen coach John Wasdin (英語). MASN. 2019年11月3日閲覧。

関連項目

外部リンク

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