ジョージ・コンプトン (第6代ノーサンプトン伯爵)

第6代ノーサンプトン伯爵ジョージ・コンプトン(英語: George Compton, 6th Earl of Northampton、1692年 – 1758年12月6日)は、イギリスの貴族、政治家。1692年から1754年までジョージ・コンプトン閣下の儀礼称号を使用した。

生涯

第4代ノーサンプトン伯爵ジョージ・コンプトンと1人目の妻ジェーン・フォックス(Jane Fox)の次男として生まれた[1]。1706年から1707年までイートン・カレッジで教育を受けた後、1707年にコルネットとして入隊、1713年に少佐に昇進したが、1715年に軍職から退いた[2]。

兄ジェームズの助力を借りて、1727年のタムワース選挙区補欠選挙で当選、同年の総選挙でノーサンプトン選挙区に鞍替えして再選した後、1754年まで同選挙区の議員を務めた[2]。1742年2月に下級大蔵卿に就任、1743年に首相ウィルミントン伯爵が死去してヘンリー・ペラムが後任となったときは留任したが、1744年12月にはバース伯爵やグランヴィル伯爵とともに罷免され、以降は野党の一員として活動した[2]。1754年10月3日に兄ジェームズが死去すると、ノーサンプトン伯爵の爵位を継承した[1]。

1758年12月6日に子供のいないまま死去、甥チャールズが爵位を継承した[1]。

ホレス・ウォルポールによると、第6代ノーサンプトン伯爵は「かなり寡黙な人物」だったという[2]。

家族

1748年3月5日、フランシス・ペイン(Frances Payne、1800年12月25日没、トマス・ペインの娘)と結婚したが、子供は生まれなかった[1]。

脚注

  1. Burke's Peerage, Baronetage and Knightage (英語) (99th ed.). London: Burke's Peerage Limited. 1949. p. 1504.
  2. Sedgwick, Romney R (1970). "COMPTON, Hon. George (1692-1758)". In Sedgwick, Romney (ed.). The House of Commons 1715-1754 (英語). The History of Parliament Trust. 2019年5月21日閲覧。
グレートブリテン議会
先代
フランシス・ウィラビー
リチャード・スウィンフェン
庶民院議員(タムワース選挙区選出)
1727年
同職:フランシス・ウィラビー
次代
インチクィン伯爵
トマス・ウィラビー
先代
ウィリアム・ウィルマー
エドワード・モンタギュー
庶民院議員(ノーサンプトン選挙区選出)
1727年 – 1754年
同職:エドワード・モンタギュー 1727年 – 1734年
ウィリアム・ウィルマー 1734年 – 1744年
ジョージ・モンタギュー 1744年 – 1754年
チャールズ・モンタギュー 1754年
次代
チャールズ・モンタギュー
チャールズ・コンプトン
グレートブリテンの爵位
先代
ジェームズ・コンプトン
ノーサンプトン伯爵
第5期
1754年 – 1758年
次代
チャールズ・コンプトン
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