スティラン=ヴェンデル

スティラン=ヴェンデルStiring-Wendelドイツ語:Stieringen-Wendel)は、フランスグラン・テスト地域圏モゼル県コミューン。コミューン面積はわずか360ヘクタールしかなく、ドイツと国境を接している。1857年にコミューンとなった。自然区分上の地方、ヴァルン(fr)に属する。

Stiring-Wendel



行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) グラン・テスト地域圏
(département) モゼル県
(arrondissement) フォルバック=ブレ=モゼル郡
小郡 (canton) スティラン=ヴェンデル小郡
INSEEコード 57660
郵便番号 57350
市長任期 ジャン=クロード・オルス
2014年-2020年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté d'agglomération de Forbach Porte de France
人口動態
人口 11 991人
2016年
人口密度 3 331人/km2
住民の呼称 Stiringeois
地理
座標 北緯49度12分01秒 東経6度55分47秒
標高 平均:m
最低:205 m
最高:254m
面積 3.6km2
Stiring-Wendelの位置(フランス内)
Stiring-Wendel
Stiring-Wendel
公式サイト stiring-wendel.info

地理

コミューンはフォルバックと、ドイツのザールブリュッケンに接している。

オートルート A320号線道路がコミューンと接しており、メスから50分、ストラスブールから20分、ナンシーから約10分で来れる。最寄りの鉄道駅はフォルバックにある。フォルバックTGV駅からLGV東ヨーロッパ線パリまで約1時間50分、ドイツのフランクフルト・アム・マインまでは2時間20分である。

由来

926年にSyrin[1]Stiringenditzweiller[1]、1751年にStiringenditzchweiller[2]、18世紀にStyringen[2]、最終的に1857年にStiring-Wendelと、地名が書き留められている。

ロートリンゲン・フランケン語ではStiringe[3]、ドイツ語ではStieringen-Wendelとなる。

元々、集落の名前はStiringで、これはゲルマン語の男性名に接尾辞の-ingen、その後-ingを付加した地名である。そうでなければ、Stiringは『ウシの囲い』を意味している(stierはウシを意味する)。なぜならこの集落は複数の農場で構成されていたからである。ヴェンデル家(fr)が工業都市を建設した時、彼らの家名が集落の名前に付け足された。

住民のニックネームは、Die Stiringer Sandhase(スティランの砂の野ウサギ)である[4]

歴史

スティラン集落はかつてフォルバック伯領に含まれ、同様にシェネックのコミュニティと教区の一員でもあった。1846年、当時コミューンのフォルバックの一部であった土地に、ヴェンデル家が所有する鉄鋼複合施設が建設された。

シャルル・ド・ヴェンデル(fr、1809年-1870年)はまた、労働者の住居、学校、司祭館、教会を備えた工業都市を建設した。ナポレオン3世デクレによって、1857年6月3日、付属的な都市から完全な自治をもつコミューンに昇格した。普仏戦争後、スティラン=ヴェンデルを含む地方のコミューンは、ドイツの支配下に入った。工場は衰退して1897年に閉鎖された。炭鉱の開発が、都市経済を再出発させた。2世代にわたる平和と繁栄の後、1914年に第一次世界大戦が勃発した時、モゼル人たちはドイツ帝国のために戦った。ドイツの軍服を着た彼らの多くは東部戦線のみならず、西部戦線、特にフランスとフランドルに送られた。コミューンが再びフランス領となったのは1918年だった。

第二次世界大戦と、ドイツによるロレーヌ併合の悲劇的な事件は、永遠に住民の心に跡を残した。1939年、スティラン=ヴェンデル住民の大半がシャラント県、特にシャレに集団移転させられたのである。コミューンは激しい戦闘の後、1945年3月3日に解放された[5]

人口統計

2016年時点のコミューン人口は11991人で[6]、2011年時点の人口より3.59%減少した。

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2004年 2016年
15028 13757 12665 13581 13743 13129 12588 11991

参照元:1962年から1999年までは複数コミューンに住所登録をする者の重複分を除いたもの。それ以降は当該コミューンの人口統計によるもの。1999年までEHESS/Cassini[7]、2006年以降INSEE[8][9]

史跡

  • サント・マルトの櫓 - フランス最古の現存する石造の巻き上げ櫓。1852年完成。1992年から歴史的記念物[10]

脚注

  1. Ernest Nègre, Toponymie générale de la France, Tome 2
  2. Mémoires de la société d'archéologie et d'histoire de la Moselle (1862)
  3. Geoplatt
  4. Cercle « Die Furbacher » - Histoire locale de Forbach no 62, 2008.
  5. 1944-1945, Les années Liberté, Le Républicain Lorrain, Metz, 1994, p. 15.
  6. Population municipale légale en vigueur au 1er janvier 2019, millésimée 2016, définie dans les limites territoriales en vigueur au 1er janvier 2018, date de référence statistique : 1er janvier 2016.
  7. http://cassini.ehess.fr/cassini/fr/html/fiche.php?select_resultat=36835
  8. https://www.insee.fr/fr/statistiques/3293086?geo=COM-57660
  9. http://www.insee.fr
  10. https://www.pop.culture.gouv.fr/notice/merimee/PA00107076
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