スモール・フェイセス

スモール・フェイセス (Small Faces)は、1960年代に活動したイングランドのロックバンドビートルズローリング・ストーンズザ・フーと共に「イギリスのビッグ4」の一つに挙げられる[2]

スモール・フェイセス
1965年撮影。左からスティーヴ・マリオット、ロニー・レーン、ケニー・ジョーンズ、ジミー・ウィンストン。
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド ロンドン
ジャンル
活動期間
レーベル
公式サイト www.thesmallfaces.com
旧メンバー

2012年に『ロックの殿堂』入りを果たした。

経歴

1965年、スティーヴ・マリオット(ギター、ヴォーカル)、ロニー・レーン(ベース・ギター、ヴォーカル)、ケニー・ジョーンズ(ドラムス)、ジミー・ウィンストン(キーボード)の4人で結成された。1966年にウィンストンが脱退しイアン・マクレガンが後任となった[1]

結成まで

マリオットはロンドンのイーストエンドで生まれ育った。彼は子役俳優としてミュージカル『オリバー!』のアートフル・ドジャー役で有名になり、10代初期に2本の映画に出演した。1本はピーター・セラーズとの共演であった。俳優業の傍ら、ソロ・シングルやスティーヴ・マリオット&ザ・モーメンツ名義でのシングルを発表するが、いずれも不発。

1965年、マリオットはロニー・レーンに出会った。彼はマナー・パークのJ60 ミュージック・バーで働いており、そこにレーンが父親のスタンと共にベース・ギターを買いに訪れた。彼等は会話し、ベースを買ったレーンはマリオットが仕事を終えた後、レコードを聴きに彼の家を訪れた。バンドの核は、その夜に誕生した。バンド名は、マリオット、レーン、ジョーンズの3人が小柄(Small)だったことと、シーンの顔役という意味を込めた「Face」が由来[2]

デッカ・レコード時代

1965年、デッカレコードからデビュー・シングル「ホワッチャ・ゴナ・ドゥ・アバウト・イット」を発表。第二弾の「アイヴ・ゴット・マイン」はチャート入りしなかった。ウィンストンが脱退し、元ザ・ミュールスキナーズのメンバーで経験豊富なイアン・マクレガンが加入した。

1966年1月、シングル「シャ・ラ・ラ・ラ・リー」がイギリスでのメジャー・ヒットとなった。同年発表したファースト・アルバム『スモール・フェイセス』は、全英アルバムチャートで最高位3位を記録[3]。シングル「オール・オア・ナッシング」が全英シングルチャートで第1位を獲得[4]

しかし契約上の問題などからデッカ・レコードとの関係が悪化し、彼等は移籍を検討し始めた。

イミディエイト・レコード時代

1967年2月、彼等はアンドリュー・ルーグ・オールダムイミディエイト・レコードに移籍した。マリオットとレーンは、イミディエイトに在籍するクリス・ファーロウに「マイ・ウェイ・オブ・ギヴィング」を提供していたので、契約の手続きは円滑に進行した。

同年6月に発表された移籍第1弾のアルバム『スモール・フェイセス[注釈 1]は全収録曲がオリジナルの楽曲で、バンドとしての進歩を見せて成功を収めた。一方、デッカは4ヶ月前の同年2月に、移籍に対する報復として編集アルバム『フロム・ザ・ビギニング[注釈 2]を発表。同時期に2作のアルバムがヒットするという事態となった。

その後も、「イチクー・パーク」(全英3位)[5]、「ティン・ソルジャー」(全英9位)[6]が立て続けにヒット。前者は全米16位[7]、後者は73位[7]を記録し、彼等はこの2曲で初の全米チャート・インを果たした。

1968年5月、コンセプト・アルバムの一つに挙げられる『オグデンズ・ナット・ゴーン・フレイク』を発表。同作は全英アルバムチャートの1位を連続6週間記録した。

マリオットの脱退とフェイセズへの移行

1968年、マリオットは元ザ・ハードピーター・フランプトン(ギター、ヴォーカル)をメンバーに迎え入れることを提案したが、レーンとマクレガンに猛反対された[8]。同年大晦日、彼等はゲストにアレクシス・コーナーを迎えてアレクサンドラ・パレスでコンサートを行なうが、マリオットは途中でステージを降りてしまった[9]。彼は楽屋で激怒するメンバーにむかって脱退を宣言し、翌1969年にフランプトンらとハンブル・パイを結成。彼等はブルー・アイド・ソウルゴスペル色を強めたアルバムを発表し、好評を得た。

残ったレーン、マクレガン、ジョーンズは、ジェフ・ベック・グループを解雇されたロッド・スチュワート(ヴォーカル)、ロン・ウッド(ギター)を迎えてクワイエット・メロンとして再出発。彼等は数ヶ月後にフェイセズと改名し、1975年に解散するまで「玉つきリチャード」「ステイ・ウィズ・ミー」などをヒットさせた[注釈 3]

その後

1976年、「イチクー・パーク」のリバイバル・ヒットがきっかけでレーン以外の3人が集まり、スモール・フェイセスを再結成。リック・ウィルス(ベース)を迎えて[10]1977年に『プレイメイツ』、1978年にはジミー・マカロック(ギター)を迎えて[11]78イン・ザ・シェイド』を発表。

レーンはスリム・チャンスを率いて活動していたので、スモール・フェイセスの再結成には参加しなかった。彼はやがて多発性硬化症という難病を発症。1981年にはマリオットと再会し、互いの曲を持ち寄ってレコーディングを楽しんだ。この音源は2000年に『マジック・ミジッツ』(Majik Mijits)というタイトルでCD化された。

1991年4月、マリオットは海外旅行からエセックスの自宅に帰宅して就寝中、寝タバコが原因の火災で焼死。44歳没。

1997年6月、レーン病没。51歳没。

2012年に、フェイセズと共にロックの殿堂入り。

2014年12月、マクレガン病没。69歳没。

影響

スモール・フェイセスはデビュー当時、ザ・フーと並んでにモッズに人気があった。ザ・フーのメンバーとは異なり、彼等自身もかつてはモッズだった[12]

ポール・ウェラーは、スモール・フェイセスの熱心な愛聴者で、レーンの闘病生活の支援にも携わった。2001年にはマリオットのトリビュート・コンサートに参加して、ノエル・ギャラガーオアシス)、マクレガン、ジョーンズと共演した。

ジョン・サイクス率いるヘヴィメタル・バンド、ブルー・マーダーは、アルバム『ナッシング・バット・トラブル』で「イチクー・パーク」をカヴァーした。

メンバー

タイムライン

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

  • スモール・フェイセス』 - Small Faces (1966年、Decca LK4790)
  • スモール・フェイセス』 - Small Faces (1967年、Immediate IMLP008)
  • オグデンズ・ナット・ゴーン・フレイク』 - Ogdens' Nut Gone Flake (1968年、Immediate IMSP012)
  • プレイメイツ』 - Playmates (1977年、Atlantic SD19113)
  • 78イン・ザ・シェイド』 - 78 In The Shade (1978年、Atlantic SD19171)

コンピレーション・アルバム

  • フロム・ザ・ビギニング』 - From The Beginning (1967年、Decca LK4879)
  • イン・メモリアム』 - In Memoriam (1969年、Immediate(German) 1C 048-90 201)
  • オータム・ストーン』 - The Autumn Stone (1969年、Immediate)

脚注

注釈

  1. デッカ時代のデビュー・アルバムとは原題も同じだが、別のアルバムである。
  2. シングル曲と未発表テイクを編集したアルバム。
  3. 日本ではスモール・フェイセスは全く不人気で無名に等しかったが、フェイセズのこの2曲は小ヒットした。

出典

  1. Eder, Bruce. Small Faces Biography, Songs, & Albums - オールミュージック. 2023年5月13日閲覧。
  2. キース・カフーン (2021年11月12日). フェイセズ、その華やかかつ複雑な軌跡(The Fabulous and Fractured Faces)”. Mikiki. タワーレコード. 2023年5月13日閲覧。
  3. Official Albums Chart Top 30 (05 June 1966 - 11 June 1966)”. Official Charts Company. 2023年5月13日閲覧。
  4. Official Singles Chart Top 50 (15 September 1966 - 21 September 1966)”. Official Charts Company. 2023年5月13日閲覧。
  5. Official Singles Chart Top 50 (20 September 1967 - 26 September 1967)”. Official Charts Company. 2023年5月13日閲覧。
  6. Official Singles Chart Top 50 (24 January 1968 - 30 January 1968)”. Official Charts Company. 2023年5月13日閲覧。
  7. Faces Chart History (Billboard Hot 100)”. Billboard. 2023年5月13日閲覧。
  8. Jones (2019), p. 176.
  9. Jones (2019), pp. 177–178.
  10. Jones (2019), p. 236.
  11. Jones (2019), p. 240.
  12. Jones (2019), pp. 22–23, 24–25, 45.
  13. スモール・フェイセス、イアン・マクレガンが急逝”. BARKS. ジャパンミュージックネットワーク (2014年12月4日). 2023年5月13日閲覧。

引用文献

  • Jones, Kenney (2019). Let The Good Times Roll. London: Blink Publishing. ISBN 9781911600664

関連項目

外部リンク

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