スロボダン・ライコヴィッチ

スロボダン・ライコヴィッチ(セルビア語: Слободан Рајковић, ラテン文字転写: Slobodan Rajković, 1989年2月3日 - )は、ユーゴスラビア(現セルビア)・ベオグラード出身の元セルビア代表サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(主にセンターバック)。

スロボダン・ライコヴィッチ
名前
ラテン文字 Slobodan Rajković
セルビア語 Слободан Рајковић
基本情報
国籍 セルビアの旗 セルビア
生年月日 (1989-02-03) 1989年2月3日(35歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ベオグラード
身長 191cm
体重 88kg
選手情報
ポジション DF (CB)
利き足 左足
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2004-2007 セルビアの旗 OFKベオグラード 62 (1)
2006-2011 イングランドの旗 チェルシー 0 (0)
2007-2008 →オランダの旗 PSVアイントホーフェン (loan) 13 (0)
2008-2010 →オランダの旗 トゥウェンテ (loan) 23 (1)
2010-2011 →オランダの旗 フィテッセ (loan) 24 (0)
2011-2015 ドイツの旗 ハンブルガー 42 (2)
2015-2016 ドイツの旗 ダルムシュタット 15 (1)
2016-2019 イタリアの旗 パレルモ 46 (3)
2020 イタリアの旗 ペルージャ 12 (0)
2020-2021 ロシアの旗 ロコモティフ・モスクワ 5 (0)
2021-2022 セルビアの旗 TSC 5 (1)
2022 ハンガリーの旗 MTKブダペスト 11 (1)
代表歴
2007-2010 セルビアの旗 セルビア U-21 8 (0)
2008-2016 セルビアの旗 セルビア 19 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

クラブ経歴

キャリア初期

15歳でOFKベオグラードのトップチームデビューを果たす[1]。

アーセナルFCやACミランとの競合の末、16歳当時の2005年11月に350万ポンド(約7億円)という18歳以下の選手として歴代最高額の移籍金でチェルシーFCに加入することで合意[2]。2006-07シーズンまでは期限付き移籍の形でOFKに残留した。

チェルシー

2007-08シーズンよりブルーズに加入するが、7月にエールディヴィジのPSVアイントホーフェンへのシーズンローンが発表された[3]。セフ・フェルホーセン監督の下で公式戦合計18試合に出場しリーグ優勝を経験した。

2008-09シーズンはFCトゥヴェンテへ期限付き移籍[4]。UEFAチャンピオンズリーグ出場を控え、新監督スティーヴ・マクラーレンを招聘したクラブ1人目の補強となった[5]。翌シーズンもデ・フロルス・フェステに留まり[6]、自身2度目となるオランダでのエールディヴィジ制覇に貢献。2シーズンで公式戦合計34試合出場1得点を記録した。

2009-10シーズンは、チームメイトであり同胞のネマニャ・マティッチやマテイ・デラッチと共にSBVフィテッセへのローンで1年間プレー[7]。2010年10月から新監督に就任したアルベルト・フェレールの下ではキャプテンに任命された[8]。

2011-12シーズンよりアンドレ・ヴィラス・ボアスがチェルシーの監督に就任すると、ウィコム・ワンダラーズFCとのプレシーズンマッチでゴールを挙げるなど新指揮官の構想に入った。香港で開催されたプレミアリーグ・アジアトロフィーの傑志体育会戦でもプレーしたが[9]、チェルシーとの契約以来得られていなかったイギリスでの労働許可はこのシーズンも下りなかった[10]。

ドイツ時代

8月24日にドイツ・ブンデスリーガのハンブルガーSVに4年契約で移籍[11]。移籍金は300万ポンドと報道され、マイケル・マンシェン、ジェフリー・ブルマ、ギョクハン・トレに続くスタンフォード・ブリッジからの加入となった。2011年8月27日の1.FCケルン戦でスタメンに名を連ね加入後初出場し、同点弾となるチーム2点目を挙げた。2012年7月のトレーニング中にチームメイトの孫興慜と衝突し、仲裁に入ったトルガイ・アルスランが頭部に裂傷を負う[12]。トルステン・フィンク監督によりリザーブチーム行きが命じられたが[13]、この処分を受けて指揮官を批判したこともあり年内の出場機会は訪れなかった[14]。2013年1月27日に行われたSVヴェルダー・ブレーメンとのノルト・ダービーで途中投入され、戦列に復帰した[15]。2013-14シーズンは開幕当初にマンシェンやゴイコ・カチャルらと共に戦力外となるが、9月にトップチームのトレーニングに呼び戻される[16]。フィンクが更迭された直後、同月18日の練習中に左膝の内側側副靭帯を損傷[17]。ベルト・ファン・マルヴァイク政権下では出場機会を得られなかった。監督が再び交代しミルコ・スロムカの就任後、2014年2月22日のボルシア・ドルトムント戦で復帰しフル出場を果たす[18]。次節ブレーメン戦でも先発出場となるが、68分に左膝前十字靭帯を断裂[19]。11月にトレーニングを再開し[20]、2015年1月31日のケルン戦で10か月振りにリーグ戦のピッチに立ちフル出場を果たした[21]。

2014-15シーズン限りでHSVとの契約を満了し、2015年9月29日に昇格組のSVダルムシュタット98と2年契約を締結した[22]。

イタリア時代

2016年8月1日、セリエAのUSチッタ・ディ・パレルモに4年契約で移籍[23]。2016-17シーズンは負傷の影響もあり公式戦合計5試合の出場に留まり、クラブはリーグ戦19位に終わり降格。自身は残留し2シーズンをセリエBでプレーしたが、2018-19シーズン終了後にクラブが財政問題によりセリエDへ降格することが決定したため放出された。

半年間のフリー期間を経て、2020年1月27日にセリエBのACペルージャ・カルチョに2年半の契約で加入[24]。リーグ戦12試合に出場したが、2020年8月3日にクラブとの契約解除が発表された[25]。

ロコモティフ・モスクワ

2020年8月13日、ロシアのFCロコモティフ・モスクワに1年契約で完全移籍[26]。UEFAチャンピオンズリーグ・グループリーグを含め公式戦9試合に出場したが、2021年1月19日にクラブとの双方合意に基づき契約を解除した[27]。

MTKブダペスト

2022年1月10日、MTKブダペストFCに加入した[28]。

代表歴

2008年、北京オリンピックに於いて、U-23セルビア代表として出場した。しかし同大会1次リーグの対アルゼンチン(8月13日)戦で、審判に唾を吐いた為に退場処分となる。9月5日に開催されたFIFAの規律委員会で1年間の全公式戦への出場停止処分が下り、2009年8月まで代表戦並びにFCトゥヴェンテでの試合出場が不可能となった[29]。自身はこの処分を不服として抗告すると共に自らの潔白を主張。2008年11月24日、FIFAは代表戦での出場停止に軽減し、クラブでの試合出場は可能とした。

フル代表としては2008年5月24日に開催されたアイルランド共和国との親善試合において19歳で初出場。ミロスラヴ・ジュキッチ監督の下でフル出場を果たした。

タイトル

PSV
トゥヴェンテ
  • エールディヴィジ : 2009-10

脚注

  1. “Rajković Slobodan”. reprezentacije.rs. 2021年4月25日閲覧。
  2. “Chelsea 'agree deal for Rajkovic'”. BBC Sport (2005年11月20日). 2021年4月25日閲覧。
  3. “Chelsea-verdediger Rajkovic naar PSV”. Voetbal International (2007年7月11日). 2021年4月25日閲覧。
  4. “McClaren signs Chelsea youngster”. BBC Sport (2008年7月9日). 2021年4月25日閲覧。
  5. “Rajković swaps Chelsea for Twente”. UEFA.com (2008年7月9日). 2021年4月25日閲覧。
  6. “Rajkovic stays at Twente”. Eurosport (2008年6月18日). 2021年4月25日閲覧。
  7. “Vitesse sign Chelsea's Nemanja Matic, Slobodan Rajkovic & Matej Delac on a season-long loan - report”. Goal.com (2010年8月24日). 2021年4月25日閲覧。
  8. “Ferrer voorspelt Rajkovic grote toekomst”. Goal.com (2010年10月21日). 2021年4月25日閲覧。
  9. “Chelsea vs Kitchee”. Sky Sports (2011年7月22日). 2021年4月25日閲覧。
  10. “Rajkovic to leave Chelsea”. Sky Sports (2011年8月23日). 2021年4月25日閲覧。
  11. “Official: Chelsea’s Slobodan Rajkovic joins Hamburg on four-year contract”. Goal.com (2011年8月24日). 2021年4月25日閲覧。
  12. “ハンブルガーSV練習中に乱闘で流血”. 日刊スポーツ (2012年7月13日). 2021年4月25日閲覧。
  13. “Hamburg suspend Rajkovic following attack on team-mate”. Goal.com (2012年7月13日). 2021年4月25日閲覧。
  14. “Fink akzeptiert Entschuldigung HSV: Die Tür für Rajkovic bleibt zu”. MOPO.de (2012年10月4日). 2021年4月25日閲覧。
  15. “HSV siegt im farbenfrohen Nordderby”. kicker (2013年1月27日). 2021年4月25日閲覧。
  16. “HSV-Profis begnadigt Neue Chance für Michael Mancienne und Slobodan Rajkovic”. MOPO.de (2013年9月5日). 2021年4月25日閲覧。
  17. “Diekmeier bricht sich Fuß, Rajkovic erleidet Innenbandriss”. Der Spiegel (2013年9月18日). 2021年4月25日閲覧。
  18. “Slomka's facelift takes years off Bundesliga dinosaurs”. Bundesliga (2014年2月22日). 2021年4月25日閲覧。
  19. “Kreuzbandriss bei Rajkovic, Mittelhandbruch bei Badelj”. Der Spiegel (2014年3月2日). 2021年4月25日閲覧。
  20. “Rajkovic will für 2014 ein Happy End”. kicker (2013年11月14日). 2021年4月25日閲覧。
  21. “Risses Nackenschläge für die HSV-Stimmung”. kicker (2015年1月31日). 2021年4月25日閲覧。
  22. “Darmstadt holt ex-Hamburger Rajkovic”. Eurosport (2015年9月29日). 2021年4月25日閲覧。
  23. “Calciomercato Palermo, ufficiale: acquistato Rajkovic”. Corriere dello Sport (2016年8月1日). 2021年4月25日閲覧。
  24. “UFFICIALE: Perugia, Rajkovic c'è. "Non vedo l'ora di scendere in campo"”. TUTTOmercatoWEB.com (2020年1月27日). 2021年4月25日閲覧。
  25. “UFFICIALE: Perugia, il difensore Rajkovic ha risolto il contratto”. TUTTOmercatoWEB.com (2020年8月3日). 2021年4月25日閲覧。
  26. “ロコモティフ・モスクワ、かつてチェルシーに所属した元セルビア代表DFライコビッチを獲得”. 超ワールドサッカー (2020年8月14日). 2021年4月22日閲覧。
  27. “«Локомотив» объявил об уходе Слободана Райковича”. Чемпионат (2021年1月19日). 2021年4月25日閲覧。
  28. "19-SZERES SZERB VÁLOGATOTT BELSŐ VÉDŐ ÉRKEZETT" (Press release) (ハンガリー語). MTK Budapest. 10 January 2022. 2022年6月29日閲覧。
  29. ライコビッチ、1年間出場停止 サンケイスポーツ 2008年9月6日閲覧

外部リンク

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