スーリヤヴァルマン2世
スーリヤヴァルマン2世 / スールヤヴァルマン2世(スリーとスーリ、スルー、バとヴァなど表記ゆれ多数。クメール語: សូរ្យវរ្ម័នទី២, Suryavarman II, ? - 1150/2年)は、クメール王朝(現在のカンボジア付近)の王(在位:1113年 - 1150/2年)。
| スーリヤヴァルマン2世 សូរ្យវរ្ម័នទី២ | |
|---|---|
| クメール王朝君主 | |
![]() | |
| 在位 | 1113年 - 1150/2年 |
| 死去 |
1150/2年 |
| 家名 | クメール王朝 |
生涯
ダーラニンドラヴァルマン1世の大甥[1]。1145年にチャンパ王国の首都ヴィジャヤを陥落させ、スーリヤヴァルマンの時代に王朝の領土は最大となった[2]。また、アンコール・ワットを建設した[2]。副王(ウッパラージャ)時代には現在のタイ王国にあるピマーイ遺跡も建設している。
一方で、戦争と大規模な建築事業により国内は疲弊し、死後、反乱や王位簒奪が起こったとされる[3]。
従兄弟にあたるダーラニンドラヴァルマン2世[4]が王位を継承した。
脚注
- 下津、p. 82
- レイ・タン・コイ、p. 53
- レイ・タン・コイ、p. 54
- スーリヤヴァルマン2世の母の兄弟の子にあたるとされる(下津、p. 82)。
参考文献
- 下津清太郎 編 『世界帝王系図集 増補版』 近藤出版社、1982年
- レイ・タン・コイ 『東南アジア史』 白水社、1970年
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