ズボンをはいた雲

ズボンをはいた雲』(ズボンをはいたくも、ロシア語: Облако в штанах英語: A Cloud in Trousers)は、ロシア詩人ウラジーミル・マヤコフスキー1915年に発表した処女詩集。元々は『13番目の使徒Тринадцатый апостол)』というタイトルで出版される予定だったが、検閲によって『ズボンをはいた雲』になった。

『ズボンをはいた雲』
Облако в штанах
著者 ウラジーミル・マヤコフスキー
訳者 小笠原豊樹
発行日 1915年9月
発行元 私家版
ジャンル
ロシアの旗 ロシア
言語 ロシア語
形態
前作ウラジーミル・マヤコフスキー (戯曲)』(1914年)
次作背骨のフルート』(1915年)
コード ISBN 978-4907511012
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副題ギリシャ語で「四畳みの聖像」という意味がある『テトラプティヒтетраптих)』で、実際に本作はプロローグと4つのから構成されている。その副題にはそれぞれ「きみらの愛を倒せ(第一章)」、「きみらの芸術を倒せ(第二章)」、「きみらの機構を倒せ(第三章)」、「きみらの宗教を倒せ(第四章)」という意味が込められている[1]

1914年に執筆をはじめ、翌年の1915年9月にマヤコフスキーの友人であった文芸評論家オシップ・ブリーク私家版として出版された。初版は1050部であった[2]。検閲で削除された部分を含む完全版は、10月革命後の1918年に出版されている。

内容

冒頭で書いた通り、『ズボンをはいた雲』は「ぼくの精神には一筋の白髪もないし、年寄りにありがちな優しさもない!」という一文が有名な「プロローグ」から始まる。

想いを寄せていたマリヤに裏切られた主人公が、様々な比喩表現を駆使して胸の内を語り[3]、「きみらの愛を倒せ(第一章)」、「きみらの芸術を倒せ(第二章)」、「きみらの機構を倒せ(第三章)」、「きみらの宗教を倒せ(第四章)」との思いが込められた詩を展開する。それはやがて全てを打ち倒せというを呪う最強の声へと高まっていくが、マヤコフスキー自身はこれを「今日の芸術の教義問答」と呼んだ[1]。なお、詩に登場するリューダとオーリャはマヤコフスキーの実際のである。

ロシア語原文では文字が全て大文字で書かれており、検閲によって第四章の88行が削除された状態[2]でオシップ・ブリークの私家版として1915年9月に出版された。堅苦しく秩序を重視した従来のロシア古典詩ではなく、統一性がない「不完全脚韻」と呼ばれる若々しく弾丸のように迸る詩が、マヤコフスキーがロシア未来派を代表する詩人と呼ばれる所以になっている。ただ、詩の中でマヤコフスキーは同国の画家で「ロシア未来派の父」と呼ばれたダヴィド・ブルリュークを「狂ったブルリュックが這って来る」[4]として批判している。

背景

『ズボンをはいた雲』は、1913年にマヤコフスキーがウクライナオデッサで実際に経験したことが詩のモチーフになっている。詩に登場するマリヤはマヤコフスキーが想いを寄せていた彫刻家のマリヤ・デニソヴァ=シチャデンコのことであり、マヤコフスキー自身は彼女をモナ・リザに因んで「ラ・ジョコンダ」と呼んで愛していたが[5]、そのマリヤに思いが届かず裏切られたことが『ズボンをはいた雲』を執筆するきっかけになったとされる。

後の影響

注釈

  1. 原文ママではない。

脚注

  1. 小笠原 1967, p. 389.
  2. マヤコフスキー 2014, p. 88.
  3. 小笠原 1971, p. 902.
  4. マヤコフスキー 2014, p. 49.
  5. Iskrzhitskaya, I.Y. (1990年). Vladimir Vladimirovich Mayakovsky”. Russian Writers. Biobibliographical dictionary. Vol.2. Prosveshchenye. 2015年1月13日閲覧。

参考文献

  • 小笠原豊樹『大日本百科事典』 10(しんしーせんさ)、小学館、1967年。全国書誌番号:74005188
  • 小笠原豊樹『新潮世界文学小辞典』新潮社、1971年。
  • 小笠原豊樹『万有百科大事典』 1(文学)、小学館、1973年。全国書誌番号:74003686
  • 藤沼貴小野理子安岡治子『ロシア文学案内』(新版)岩波書店岩波文庫〉、2005年。ISBN 978-4003500026。
  • ウラジーミル・マヤコフスキー『ズボンをはいた雲』小笠原豊樹 訳、土曜社〈マヤコフスキー叢書〉、2014年5月。ISBN 978-4-907511-01-2。

外部リンク

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