セシル・ケリー臨界事故
事故
1958年12月30日、複雑なプルトニウム回収工程を伴う処理過程で事故が起きた。溶液処理槽の上層にプルトニウム3.3㎏を含む有機相160リットルが、下層には水相330リットルがあり、有機相の厚さが約20センチでかろうじて臨界に達していなかったが、作業員が電動撹拌機を回したところ水が壁面に沿って上昇し、臨界厚さを超えてしまった。作業中の化学者セシル・ケリーを含めた3人が被曝し、ケリーは推定120シーベルトを超える放射線を浴びて死亡した。
脚注
- 館野淳、飯村勲、立石雅昭、円道正三『原発より危険な六ヶ所再処理工場』本の泉社、107頁。ISBN 978-4780716122。
関連項目
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