ソフィア・オブ・グロスター

ソフィア・マティルダ・オブ・グロスター(Sophia Matilda of Gloucester, 1773年5月29日 - 1844年11月29日)は、ハノーヴァー家統治期のイギリス王家の一員。ジョージ2世の曾孫で、ジョージ3世の姪である。

ソフィア
Princess Sophia
ハノーヴァー家
ウィリアム・ビーチー作の肖像画(1803/1805)

出生 (1773-05-29) 1773年5月29日
グレートブリテン王国の旗 グレートブリテン王国
イングランドの旗 イングランド、メイフェア
死去 (1844-11-29) 1844年11月29日(71歳没)
イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランド、ブラックヒース
埋葬 イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランド、ウィンザー、セント・ジョージ礼拝堂
父親 グロスター=エディンバラ公ウィリアム・ヘンリー
母親 マリア・ウォルポール

生涯

グロスター公爵家のソフィア王女、1774年

ジョージ3世の弟の1人グロスター=エディンバラ公爵ウィリアム・ヘンリーと、その妻のマリア・ウォルポールの間の第1子、長女として生まれた。母方の曽祖父はイギリス初代首相ロバート・ウォルポールである。1773年6月26日にウェイマスのグロスター・ハウスにおいて、セント・デイヴィッズ司教チャールズ・モス(Charles Moss)により洗礼を受けた。代父母は叔父のカンバーランド公爵ヘンリー・フレデリックと妻の公爵夫人アン、叔母のデンマーク王妃キャロライン・マティルダ(代理を立てた)であった[1]。

王族としての敬称は出生時にはハイネス(Her Highness)だったが、1816年に弟のウィリアム・フレデリックがジョージ3世の四女メアリー王女と結婚して敬称をロイヤル・ハイネス(His Royal Highness)へと引き上げられた際、姉弟間の地位を釣り合いをとるために、ソフィアも摂政宮(後のジョージ4世)によってロイヤル・ハイネス(Her Royal Highness)を授けられた。

王家の中では、ジョージ3世の三男クラレンス公爵(後のウィリアム4世)の結婚相手になることが想定されていたが、ソフィアもクラレンス公爵も結婚する気は全くなかった[2]。ソフィアは生涯独身を通し、ウィンザー郊外の村ウィンクフィールドにあるニュー・ロッジで静かに暮らした。1844年に死去し、ウィンザーのセント・ジョージ礼拝堂にある王家の納骨堂に埋葬された。

脚注

  1. Yvonne's Royalty Home Page: Royal Christenings
  2. Williams, Kate (2010). Becoming Queen Victoria: The Tragic Death of Princess Charlotte and the Unexpected Rise of Britain's Greatest Monarch. Ballatine Books. p. 145. ISBN 0345461959

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.