タミル川
概要
モンゴル帝国の時代よりその存在を知られており、『元朝秘史』では塔迷児(Tamir)河と記されている。また、「タミル」とはモンゴル語で「活力」を意味する[1]。
タミル川は源流の異なる2つの支流から成り、2つの支流はそれぞれ北タミルもしくは後タミル (Хойт Тамир гол,/Khoit Tamir gol) 、南タミルもしくは前タミル (Урд Тамир гол, Urd Tamir gol)と呼称される。清代に編纂された『蒙古遊牧記』によると、北タミルは南タミルの西北300支里にある枯庫嶺より流れ出、南タミルはハンガイ山の北麓より流れ出るという[1]。
関連項目
脚注
- 村上1976,283頁
参考文献
- 村上正二訳注『モンゴル秘史 2巻』平凡社、1976年
- 原著:張穆/訳者:須左嘉橘『改稿 蒙古遊牧記』開明堂出版部、1939年
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