タムルアン洞窟の遭難事故

タムルアン洞窟の遭難事故(タムルアンどうくつのそうなんじこ)とは、2018年6月23日タイ王国チエンラーイ県のタムルアン森林公園内のタムルアン洞窟タイ語: ถ้ำหลวงนางนอน[注 1]英語: Tham Luang Nang Non Cave)において、計13人が閉じ込められた遭難事故[3]

タムルアン洞窟の遭難事故
洞窟入口に集まる救助隊員と機材類

地図

地図
日付2018年6月23日 (2018-06-23)
座標北緯20度22分21秒 東経99度51分03秒
原因雨季による洞窟内の浸水
結果洞窟内の大半が水没し、計13人が閉じ込められた。7月2日に全員の無事が確認され、8日から10日までの間に遭難者全員が救出された[1]
死者救助隊2人死亡[2](1名は負傷による感染症により死亡)

地元のサッカーチーム「ムーパ・アカデミー」のメンバーであるコーチ1人と少年ら12人の合計13人が閉じ込められ、7月10日までに13人全員が救出された[4][1]が、救出活動中にダイバー1人が殉職[5]。さらに翌年、救出活動に参加したダイバー1人が、作業中の怪我による感染症で亡くなった。

概要

別の穴から代替ルートを探す救助隊
洞窟内とその地下水からポンプで排水する様子
洞窟の入り口

2018年6月23日、地元のサッカーチーム「ムーパ・アカデミー」のメンバーであるコーチ1人と少年ら12人の計13人が洞窟内に進入した[3]。タムルアン洞窟がある山の形が女性が横たわった姿に似ており、この洞窟は「男性に強い恨みを持って亡くなった女性の体内」と言われていて、地元の人達には恐れられている[6]

当時は雨季に入っており、大雨で洞窟内に大量の水が入り込んだ。その結果、洞窟内の水位が上昇して大半が水没したため、脱出できない状況に追い込まれた。

メンバー13人は7月2日に洞窟の奥の突き出た岩の上にいるところをイギリスのダイバーにより発見され、全員の無事が確認された[7]。しかし、13人のいる位置は洞窟の入口から約5キロメートルの場所で、入口までの多くの箇所が浸水しており、洞窟潜水を行わない限り洞窟内を通過できない。ポンプで洞窟内の水を排水する方法や地上から掘削するなどの方法が検討され、地元や世界各国の救助チームが救助活動を行った[8]。なお、この救出行動が原因で、7月5日にプーケット島沖で発生した客船沈没事故の遺体収容活動にダイビングの専門家が不足していた[9]

タイ王国海軍のほか、日本イギリスアメリカ合衆国オーストラリアなど外国人を含めて救助活動が組織された[10]。メンバーらがいる遭難現場まで物資を届けに行った元タイ海軍特殊部隊のダイバー、サマン・グナン[5]潜水中に死亡するなど、状況は過酷を極めた。死亡原因は、物資を届けに行った帰りで、空気タンクの残量がなくなったとされている[2]。このダイバーは軍曹退役したが、功績を讃えて少佐に特進白象勲章勲一等が授与された[11]

救助には以下の方法が模索されていた。

  • メンバーらにダイビング装置を装着させて脱出 - 洞窟潜水は大変危険な上に、ダイビング経験がない者が行うとパニックになって命を落とす場合もある。
  • ポンプによる排水で洞窟内の水位を下げて救助 - 1時間に1センチメートル程度で水位が下がっているが、雨季によって水位が上がるため、排水が間に合わない危険性がある。
  • 地上からの掘削 - 現場は標高の高い山とジャングルになっており、掘削するための重機が入れない。また洞窟内の正確な測量データがないと、現場を掘り当てるのはかなり難しいとされた。

フジテレビジョンで2018年8月12日に放送された『Mr.サンデー』によれば、最終的には、イギリス洞窟救助協会に所属するダイバーに依頼がなされ、パニック防止のために鎮静剤を注射した上で、ダイバー1人で1人を救出する方法が立案・実行された。なお、衛星による洞窟付近の高精度な地形図が国際協力機構(JICA)のタイ事務所と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力で作成され、タイ側に提供されて救出作業のサポートの一助となった[12]

最終的にはダイバーによる救出となったが、遭難者の生存や救出作業を支援するため、大量の水が洞窟内から汲み出された。洞窟周辺に滞留した水により樹木が根腐れする被害を受けたため、救出から1年後の2019年7月8日、遭難者やその家族らによる植樹が行われた[10]

事件の詳細

行方不明

タム・ルアン・ナン・ノンは、タイとミャンマー間の国境の山岳地域の山ドイ・ナン・ノンの下のカルスト洞窟の複合体である。この系は、長さが10 km(6.2マイル)であり、数百メートルの石灰岩層の下に、多数の深い窪み、狭い通路、および曲がりくねったトンネルがある。洞窟系の一部は季節的に浸水するため、入口には、雨季(7月〜11月)の洞窟への立ち入りを禁止する標識が掲示されている。

2018年6月23日土曜日、地元のジュニアサッカーチームである『Wild Boars』という11歳から16歳までの少年12人のグループと、25歳のアシスタントコーチ エカフォル・シャンタウォンが、洞窟探検に出発した後、行方不明になった。初期報道によると、彼らはサッカーの練習後に洞窟で誕生日パーティーを開くことを計画し、かなりの金額を食べ物に費やしたが、救助後の記者会見ではこれを否定した。彼らが洞窟に入った後、チームは突然の継続的な降雨によってトンネル内で立ち往生した。上昇する水から逃げるとき、彼らはいくつかの食料を残さなければならなかった。

午後7時ごろ、ヘッドコーチ Nopparat Khanthawong (タイ語: นพรัตน์ กัณฑะวงษ์) は、電話をチェックして、子供たちが帰宅していないことを心配する親からの約20の不在着信がわかった。Nopparatはアシスタントコーチ Chanthawongに、それからやつぎばやに多数の少年に電話した。結局のところ彼は、チームの13歳のメンバー Songpon Kanthawongに着いたが、彼は、自分は練習後に車に拾われた、残りの少年たちはタムルアン洞窟を探検していた、と言った。コーチは、大急ぎでそれら洞窟に行くと、入口近くには捨てられた自転車複数とバッグ複数があり、ぬかるみの通路からは水がしみ出していた。彼は、彼らの未請求の所持品を見た後、この行方不明のグループに対して当局に警告を発した。

アシスタントコーチと少年3人は無国籍であった。Wild Boarsの創設者 Nopparat Khanthavongは、彼らが、タイ、ミャンマー、ラオス、中国を横切って延びる地域ゴールデン・トライアングルの部族出身であると説明した。この地域には明確な国境がなく、人々にはパスポートが割り当てられていない。彼らの無国籍は、チェンライ県を離れる可能性を含む基本的な利益と権利を彼らから奪った。「国籍を取得することは、少年たちにとって最大の希望である」とKhanthavongは言った。「過去には、これら少年たちは国がない状態のため、チェンライ県の外で試合をするために旅行するのに問題があった」。チームの救出に続いて、タイ当局は、タイ市民権を取得する法的支援を少年3人とコーチに提供することを約束した。このプロセスには最大6か月かかることがある。9月26日に、少年らとコーチはタイの市民権を与えられた。

捜索とコンタクト

チェンライ県に住み、洞窟複合体の詳しい知識のあるイギリスの洞窟探検家Vern Unsworthは、行方不明の少年らについての電話を受けた6月24日に、洞窟にソロベンチャーをする予定があった。アンズワースはタイ政府に、イギリスの洞窟救助評議会(BCRC|British Cave Rescue Council)に援助を要請するよう助言した。 6月25日に、タイ海軍の特殊部隊ダイバーらが到着し、洞窟の捜索を開始した。タイ海軍SEALは、水が非常に濁っているため、ライトがあってさえ自分らは水中のどこに向かっているのかわからない、と述べた。継続的な雨が入口をさらに浸水させた後、捜索は定期的に中断されねばならなかった。 6月27日に、BCRC洞窟ダイバー3人が、Heyphone LFラジオを含む専門機器を持って到着し、続いてオープンウォーターダイバーの別のチーム複数が到着した。6月28日に、沖縄嘉手納空軍基地からアメリカ空軍AFSOCに属する第320特殊戦航空群、第31救助隊、および第353特殊作戦グループが加わった。 6月29日までに、スペシャリスト・レスポンス・グループ・ダイバーのオーストラリア連邦警察チームが到着し、日曜日には北京平和地財団からのダイバーの中国チームが到着した。

一方で、探知犬を飼っている警官らは、下の洞窟システムへの代替の入り口複数を提供できるシャフトの開口部を上から探した。ドローンやロボットも検索に使用されたが、地下深くの人々をスキャンする技術はなかった。

BCRCダイバーのリチャード・スタントンジョン・ヴォランセンは、ダイビング・ガイドラインを置きながら洞窟複合体を前進したが、これはタイを本拠とするベルギーの洞窟ダイバーBen Reymenants とフランスのダイバーMaksym Polejaka に支えられていた。

降雨がダイバーが強い流れと視界の悪さと戦っている洞窟内の水流を強めるために、降雨のような天候のために、捜索を中断せねばならなかった。天候が回復した後、7月2日に捜索が再開された。少年12人とコーチは22:00ころに発見された、これはStantonとVolanthenによるもので、彼らの努力はBCRCダイバーのロバート・ハーパーによって外部から監督された。少年らとコーチは、「パタヤビーチ」室の、約400メートル(1300フィート)むこうの、狭い岩棚にいた(これはタイにおける有名なビーチにちなんで名付けられていた)。Volanthenは、ラインが足りなくなったとき他の人のナビゲーションを支援するために洞窟内にガイドラインを置いていた。それから彼は水面に泳ぎ、すぐに行方不明のグループを見つけ、彼らの声が聞こえたり姿が見えたりする前に彼らの匂いを嗅いだ。彼らが発見された棚は、洞窟口から約4 km(2.5マイル)のところにある。少年らとダイバーらとの邂逅を示す出会いのビデオが、タイ海軍SEALsによってFacebookに投稿された。ビデオでは、放心状態の少年らは、ダイバーらに今日が何日かを尋ねているので、どれくらいの期間閉じ込められているのかわからない。救出作業を担当した元チェンライ州知事Narongsak Osatanakornは、「彼らは無事だとわかった。しかし作戦行動は終わっていない」と述べた。タイ、米国、オーストラリア、および中国のダイビングチームは、BCRCダイバーらがダイビングボトルを洞窟系内に輸送し始め、第3室に給気貯蔵エリアを確立することを支援した。

7月3日に、わなにかかったグループには、救出まで支援するタイ海軍SEALs3人が加わった。SEALSには、海軍SEALsコースを修了した第3衛生大隊のタイ陸軍医師中佐Pak Loharachunが含まれていた。タイ当局は記者らに、救出者らは健康診断と治療を提供しており、少年らを楽しませつづけており、閉じ込められた者は誰も重篤な状態にない、と語った。タイ海軍少将のApagorn Youkonggaew少将の特殊部隊は記者らに、「彼らは、医師の監督の下で、ビタミンとミネラルを含む、消化しやすい高エネルギーの食物を与えられている」と語った。救出隊が作成し、数時間後にタイ海軍特殊部隊が共有したビデオでは、少年12人全員とそのコーチが自己紹介し自分の年齢を述べた。緊急用の毛布に包まれて虚弱に見えた彼らは皆、外界にハローと言った。「Sawatdi khrap」と、各少年は伝統的なタイの挨拶waiで手のひらといっしょに言った。2本目のビデオは、彼らを治療する医者を示している。一部のグループは泳げないと信じられていたし、すでに困難な救出となるだろうものを複雑にした。ある陸軍医師は、彼らが洞窟から自分たちの道を掘ろうとしていたことを発見した。チームメンバーらは毎日岩片を使って掘り、深さ5メートルの穴を開けていた。

BCRCダイバーJason Mallinsonは、少年らとコーチに、耐水紙のメモ帳を使って親戚にメッセージを送る機会を提供した。メモの多くは、自分らは安全で安心した家族であり、すべてが順調であり、愛、安心、励ましの言葉が含まれている、と述べた。

計画と準備

洞窟入り口には兵站キャンプが設立され、救出作業者らに加えて何百人ものボランティアやジャーナリストが収容された。敷地はいくつかのゾーンに分割された――タイ海軍SEAL、他の軍人、および民間救出者のための制限された区域、彼らにプライバシーを与えるための親戚のための区域、および報道機関と一般市民のための区域。

ダイバー100人超、政府機関約100の代表、警察官900人、兵士2000人、およびボランティア多数を含む、推定10,000人が救助活動に貢献した。装備には、警察ヘリコプター10機、警察救急車7台、ダイビングボンベ700個超が含まれ、うち500個以上がつねに洞窟内にあり、さらに200個が補充のために列に並んでいた。水10億リットル超(オリンピックサイズのプール400個分に相当)が除去された。

救出における難題

少年らが立ち往生した地点は、入り口から約4 km(2.5マイル)で、山頂から800–1,000メートル (2,600–3,300 ft)下方であった。それらへのルートには、いくつかの浸水セクションがあり、いくつかは強い流れと視程ゼロであり、いくつかの非常に狭い部分があり、最小はわずか38 by 72センチメートル (15 in × 28 in)であった。

洞窟を通ってチームに到達するまでの道のりは、流れにさからって6時間、流れとともに5時間かかった。

当初から、救出隊員は上昇する水位と戦った。洞窟の水を抜くために、上流に石の分水堰が1つ建設され、洞窟から水を汲み出し、そこに流入する流れを迂回させる系が設置された。7月4日に、ポンプが洞窟から1,600,000 l/h (420,000 US gal/h)を除去しつつあり、その過程で近くの農地を破壊したと推定された。しばらくの間、善意のボランティアらがうっかりして水を地下水供給に戻した。季節外れに乾燥した天候の連続に助けられて、これらの努力により、7月5日に水位が1時間あたり1.5センチメートル (0.6 in)下降し、救出隊は洞窟内に1.5キロメートル (0.93 mi)歩くことができた。しかしながら、7月8日に予想される大雨は、このプロセスを停止または逆転させると予想され、チームが閉じ込められた位置に洪水をもたらす可能性さえあった。

7月6日に、洞窟内の酸素レベルが低下したことが検出され、もし少年らが長期間留まれば低酸素症を発病させるのではないかとの懸念が高まった。7月8日までに、酸素レベルは15%と測定された。人間の正常な機能を維持するのに必要なレベルは19.5%から23.5%の間である。タイの軍事工兵らは少年らまで空気供給ラインを設置しようとしたが、その努力は非現実的であるとして放棄された。

救出方法の選択肢

危機が進展するにつれて、救助隊はチームとコーチを救うためにいくつかの異なる方法を計画した。主な選択肢は次のとおり。

  • モンスーン季が終わるまで待つ、ダイバーらが食料と水を提供する。
  • グループに基本的なダイビングスキルを教える。
  • より簡単に脱出できる洞窟への別の入り口を見つける。900メートル降下するシャフト1本が発見された。
  • 救出シャフトをドリルであける。柔らかい石灰岩にシャフトが100本以上掘られたが、適切な場所が見つからなかった。
  • 酸素ラインを構築する。
  • 通信する電話線を敷設する。

ダイビングの選択肢

大雨の増加、酸素レベルの低下、脱出通路の発見や掘削の困難さや不可能性など、複数の危険があり、救出者らはチームとコーチを経験豊富なダイバーらと一緒に連れ出すという決断を迫られた。タイ海軍SEALsと米空軍の救出専門家らは、計画を承認したタイ内務大臣と会談した。ダイバー90人が洞窟系で働き、40人がタイから、50人が他国から来た。救出者らは最初、少年らが旅をすることができるように、基本的なダイビングスキルを教えることを検討した。主催者らは椅子複数のある狭い通路のモックアップを作成し、ダイバーらは学校プールで地元の少年らと練習した。その後、タイSEALsと米空軍の専門家らは、衰弱している少年らを引き出すためにダイバーらのチーム複数を使用する計画をねった。

救出ダイバーの死

7月5日午後8時37分に、37歳の元タイ海軍SEALサマン・グナン(タイ語:สมานกุนัน)は、3つの空気を届けるために第3室からパタヤビーチ近くのTジャンクションに飛び込んだ。帰還中、彼は水中で意識を失った[13]。彼のダイビングバディはCPRを試みたが、成功しなかった。グナンは第3室に運ばれ、そこでCPRが再度試みられたが、蘇生することができず、7月6日の午前1時頃に死亡したと宣告された。

タイ海軍SEALクラス30のメンバーであるサマン・グナンは、2006年に一等兵曹のランクで海軍特殊部隊を去り引退し、洞窟の救助を支援するために復帰する前は、スワンナプーム空港で警備に従事していた。彼は死後、タイ王国海軍の最高司令官によって少佐に昇進し、前例のない7階級特進を遂げた。タイ王室が後援し、出席した葬式が7月14日にいとなまれた。同日、ヴァジラロンコン王から白象勲章の騎士グランドクロス(ファーストクラス)を授与された。彼の記念像は、その場所で提案されている観光名所の一部となっているかもしれない。

2019年12月に、同部隊の隊員ベイルート・パクバラが、救出作業で負った怪我による感染症の手術中に亡くなった。

救出

7月8日午前に、当局は、週後半にモンスーンの雨が降り、10月まで洞窟内の浸水が続くと予想され、救出活動が差し迫っていたために、洞窟入り口周辺のメディアと重要でない職員全員に、地域から退去するように指示した。

採掘の序盤で、国際洞窟ダイバー13人とタイ海軍SEAL5人からなる救出ダイバー18人が、少年らを捜して連れてくるよう洞窟に送られた。ダイバー1人がダイブアウトで少年それぞれに付き添った。少年らが最初に最も弱い者、または最も強い者から救出されたという相反する報告があった。実際は、その順番は、少年が最初に志願したものであった。25歳のコーチ、Ekapol Chanthawongは、言った「私はハリス博士と話をした。「誰もが強く、誰も病気ではなかった」。「誰もが強い精神状態を持っていた。ハリス博士は言った...より好みなどない。」チームはグループとして、最も遠くに生きていた少年が最初に去るべきであると決定した。Ekapol Chanthaongは、7月18日の記者会見で、「洞窟から出るときは、自転車で家に帰らなければならないと思っていた」と述べ、彼らの話が世界的なメディアの注目を集めていたことに気づかなかった。「それで、最も遠くに生きている人々が最初に外に出ることが許されるでしょう…彼らが外に出て、わたしたちが中にいることをみんなに言うことができるように、わたしたちはオウケイでした」

麻酔で意識不明にして輸送

国際洞窟ダイビング・チームは、ジョン・ボランセン、リチャード・スタントン、ジェイソン・マリンソン、クリス・ジュエル(それぞれ少年を割り当て)のイギリス人ダイバー4人と、麻酔専門医師のリチャード・ハリスとクレイグ・チャレンのオーストラリア人2人によって率いられた。旅の彼らの部分は、水没したルートを通過して1kmを超え、一方でさまざまな場所で健康診断を行い、メインダイバーらその他の緊急の役割にエアタンクを補給する、90人のタイ人および外国人のダイバーらに支えられた。

少年らはウェットスーツ、浮力ジャケット、ハーネス、陽圧フルフェイス・マスクを着けられた。酸素80%のボンベを前面にクリップし、ハンドルを背面に取り付け、視界不良で迷った場合に備えてダイバーにつながれた。救出ダイバーらはそれらを「パッケージ」と表現した。ハリスは旅の前に少年らに麻酔薬ケタミンを投与し、少年らが旅の途中でパニックに陥り、救出者らの生命を危険にさらすのを防ぐために意識を失わせた[14]。彼らはまた、心拍数を安定させるために、抗不安薬Xanaxと薬アトロピンを与えられた。

子供への麻酔投与は危険を伴う行為であり、通常であれば許可されるものではないが、上記のように洞窟内は視界不良で救出が困難であり、パニックを避けるためには必須であると判断された。タイ政府は何か問題が発生した場合に備えて、ハリス医師と医療助手2人に「外交特権」を与えた。麻酔薬は45分ないし1時間続き、ハリスが訓練したダイバーらは3時間の旅の間、少年らを鎮静させる必要があった。

ダイバーによる救出

少年らは、ガイドラインを頼りにしながら、各少年がダイバーの右側または左側にいる状態で、背中または胸をつかんだ水泳ダイバーらによって巧みに外に出された。ダイバーらは、フルフェイス・マスクが岩にぶつからないように注意深く操縦して狭い通路を通りぬけた。視界が悪ければダイバーが最初に頭を岩にぶつけるように、ダイバーらは少年らよりも頭部を高く保った。乾いたセクションへの短いダイビングの後、ダイバーらと少年らはダイバー3人に会い、少年らのダイビングギアは取り外された。その後、少年らはドラッグ・ストレッチャーで200mの岩と砂丘を越えて運ばれた。Craig Challenは彼らを評価し、彼らが次のセクションのために再び水没させられる前に、ダイビング・ギアは元に戻された。少年らは45分間隔で到着した。ダイバーらは、少年らが排気泡から呼吸していることを知っていた。そして、泡は彼らが見て、感じることができた。

ダイバーらによって第3室のステージング基地に運ばれた後、少年らは洞窟からの危険な道ぞいに配置された何百人もの救助者によって「デイジー・チェーン」に沿って渡された。「スケッド」('sked')ストレッチャーに包まれた少年らは交替で、ロッククライマーによって設置された滑車の複雑なネットワーク上を運ばれ、滑らされ、ジップライン〔高低差のある2か所間に張り渡されたワイヤーロープと滑車を使用して空中を滑走させる〕で扱われた。第3室から洞窟入口までの多くの地域はまだ一部水没しており、救出者らは少年らを滑りやすい岩の上や泥水の中を何時間も輸送しなければならないと述べた。第3室から洞窟入口までの旅は、最初は約4、5時間かかったが、シャベルを使って泥道の排水をし、きれいにした後、1時間未満に短縮された。

当局は、クルーが空気タンク、ギア、およびその他の備品を交換する必要があり、各ランとの間に10ないし20時間かかるため、もし全員を抽出するならば数日間かかるだろう、と警告した。19:00直後に、地元当局は少年2人が救助され、Chiangrai Prachanukroh 病院に運ばれた、と言った。その直後に、さらに少年2人が洞窟を出て、医療関係者によって評価された。低水位がすでに、救助に必要な時間を短縮していた。低い水位は、天候が改善され、水を制御するために洞窟の外に堰が建設されたためである。

7月9日に、さらに少年4人が洞窟から救出された。7月10日に、最後の少年4人とそのコーチが洞窟から救出された。経験が救助手順の合理化に役立ったため、少年を引き抜くための合計時間は、初日の3時間から、少年4人とコーチが救助される最終日の2時間強に短縮された。タイ海軍SEALs3人と始めからずっと少年らと一緒にいた陸軍医師1人が最後に潜り出た。

これらダイバーのうち3人は、おそらく水道管の破裂が原因で、不確かな理由でポンプが停止したときに待機中の救助者に加わって、第3室に到着した。第3室の水位が上昇し始めたし、もしそうなら救出者らは第2室、第1室および洞窟入口にアクセスできなくなったろう。「突然水パイプが破裂し、メインポンプが機能しなくなった」とあるダイバーは述べた。「水位が10分ごとに50cmのように非常に急速に上昇したため、私たちは本当に第3室から入口まで走らねばならなかった」これにより、洞窟内に1.5キロメートル (0.93 mi)以上離れた場所にいる最大100人の救助者が急いで避難し、洞窟内の救助装置を放棄した。全員が出発準備をしていたので、最後のダイバーは第3室に戻った。救助隊は、なんとか1時間以内に洞窟出口に急いだ。

救助中のコーチ Ekkaphonの役割について多くの報道機関が報じた。コーチは以前は僧侶であり、試練の間に子供らのために瞑想を指導していた。彼はまた、子供らを危険にさらしたことを謝罪するメッセージを伝えた。

その後の回復

タイ当局は、救助された少年らはライス・ポリッジを食べることができるが、より複雑な食べ物は10日間差し控えられるだろう、と述べた。タイ保健省は、少年らはそれぞれ平均2キログラム (4.4 lb)失ったが、「良好な状態」にある、と述べた。医療従事者が感染症にかかったかどうかを判断している間、少年らは隔離され、少なくとも1週間入院し続けることが期待されていた。湿った洞窟環境に長期滞在したために、当局はヒストプラズマ症レプトスピラ症などの潜在的な感染症について懸念した。チームメンバーの両親らは、最初は窓越しに訪問したが、検査結果が否定的であることが判明すれば、医療用ガウン、フェイスマスク、ヘアキャップを着用して直接訪問することが許可されるだろう。

少年らは、眼が日光に順応している間、予防策としてサングラスをかけていた。眼、栄養、メンタルヘルス、および血液の詳細な検査が行われた。ある保健省の医師は、少年全員が白血球の増加を示し、そのために予防的な抗生物質の投与がチーム全体に与えられた、と言った。

遭難者リスト

かつて仏教僧侶としての修行を積んだ経験もあるエカフォル・シャンタウォンとチームに所属する少年3人は国籍を有しておらず、彼らを市民として認めていない[15]。その後、2018年8月8日に4人に対してタイ国籍が付与されたと報じられた[16]

ムーパ・アカデミーのサッカーチームのメンバー[17]
名前ニックネーム年齢サッカーのポジション
エカフォル・シャンタウォン[注 2]エイク25歳アシスタントコーチ
ピパット・ボディニック15歳チームのメンバーではない。
エカラート・ウォンソクチャンの友人である。
モンコル・ブンピャムマーク14歳
ソンポン・ジャウォンポング13歳ミッドフィールダー
ポルチャイ・カムルンティー16歳ディフェンダー
デュアンペッチ・プロムセップ[注 3]ドゥム13歳キャプテン, フォワード
パヌマス・サンディーミック13歳ディフェンダー
アダル・サムオン[注 4]14歳ミッドフィールダー
ピラパット・ソンパンハイナイト16歳ミッドフィールダー
プラジャック・サザムノート14歳ミッドフィールダーとゴールキーパー
ナタット・タカムサイティエ14歳フォワード
チャニン・ウィブーンルンルアン[20]タイタン11歳フォワード
エカラート・ウォンソクチャンビュー14歳ゴールキーパー

その後

7月24日、救助された少年12人のうち11人が僧侶見習いとして1週間出家した[21]

9月6日、救助に貢献した188人(うち外国人114人)に、勲章が授与された[22]。日本人受章者はJICA関係者3名[23]

救助された少年らは、サッカーが縁でイギリスのマンチェスター・ユナイテッドFCに招待され、同年10月にオールド・トラッフォードで行われた試合を観戦、主力選手との面会も果たした[24]。また、救出作業で照明や誘導に使われた蓄光素材が福島県川内村の工場で生産された縁で、2019年4月に福島で中学生を中心としたJヴィレッジSCと交流試合を行った[25]

タムルアン洞窟近くには殉職したダイバーの像が建てられ、併設された学習センターでは救出に使われた空気タンクや洞窟の模型が展示されている。一帯を訪れる観光客は事故前の年間5000人程度から140万人へ増え、観光地化している。洞窟周辺は2018年10月に森林公園に指定され、国立公園・野生動植物保全局が管理している。国立公園への昇格[5]や洞窟の公開も検討されている[10]

2022年9月23日、Netflixで当事故に基づくドラマシリーズ『ケイブ・レスキュー: タイ洞窟必死の救出』が配信[26]

2023年2月16日、キャプテンの少年がサッカー留学していたイングランドレスターシャーにて事故死[27] [28]

事故の救出活動を描いた作品

事故をテーマとした映画制作が計画され[29]、『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』として2019年11月に公開。これとは別にネットフリックスも映像化を発表している[5]

映画
書籍
  • 2020年 - 『All Thirteen』 - 当事故をテーマとした児童書。

脚注

注釈

  1. 「眠る美女(の山)の大きな洞窟」の意味である。
  2. エーカポン・チャンタウォンとも訳される[18]
  3. ドゥアンペット・プロムテープとも訳される
  4. アドゥン・サムオン[18]、アドゥン・サームオン[19]とも訳される。

出典

  1. 【写真で見る】タイ洞窟 少年らの行方不明から救出まで BBC 2018年7月11日公開 2018年7月15日閲覧
  2. タイ洞窟救助、物資運んでいたダイバーが死亡 BBC 2018年7月6日公開
  3. “タイ洞窟の13人、救出は長期化か”. TBS. (2018年7月7日). オリジナルの2018年7月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180707201542/http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3412646.html
  4. “タイ洞窟から少年ら全員脱出 遭難から18日、救出劇に幕”. AFPBB NEWS. (2018年7月11日). https://www.afpbb.com/articles/-/3181933 2020年7月9日閲覧。
  5. 「世紀の救出劇」から1年 タイの洞窟、観光ブーム日本経済新聞』朝刊2019年9月26日(国際面)同日閲覧
  6. 『タイ洞窟少年ら救出を阻む壁?潜水救出の危険検証▽日本代表帰国&会見』 2018年7月5日(木)10:25~13:55
  7. タイの洞窟で行方不明の少年ら13人、無事確認 脱出まで数カ月か BBC 2018年7月3日公開
  8. タイ洞窟脱出へ“空気のトンネル”設置案も 少年ら潜水は「まだ無理」 産経ニュース 2018年7月7日公開
  9. “タイ沈没、死者41人に 墓場と化した船内、捜索続く”. AFPBB News. (2018年7月8日). https://www.afpbb.com/articles/-/3181620 2018年7月19日閲覧。
  10. 「洞窟事故1年/タイ少年 感謝の植樹」「現場周辺 進む観光地化」『読売新聞』朝刊2019年7月9日(国際面)。
  11. 元特殊部隊員、少佐特進 時事通信 2018年7月14日公開 2018年7月15日閲覧
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  28. 5年前にタイ洞窟から生還の少年が死亡 サッカー留学先のイギリスで”. BBC NEWS JAPAN (2023年2月16日). 2023年7月31日閲覧。
  29. タイ洞窟遭難の救出劇 映画化企画が進行中シネマトゥデイ 2018年7月11日

関連項目

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