ダムダム弾禁止宣言

ダムダム弾禁止宣言(ダムダムだんきんしせんげん)またはダムダム弾の禁止に関するハーグ宣言(ダムダムだんのきんしにかんするハーグせんげん)は、1899年7月29日オランダハーグにおける国際会議(第1回万国平和会議)で署名された宣言であり、ダムダム弾などの対人用拡張弾頭の戦時における使用を禁ずるものである[1]

外包硬固ナル弾丸ニシテ其ノ外包中心ノ全部ヲ蓋包セス若ハ其ノ外包ニ截刻ヲ施シタルモノノ如キ人体内ニ入テ容易ニ開展シ又ハ扁平ト為ルヘキ弾丸ノ使用ヲ各自ニ禁止スル宣言書
通称・略称 ダムダム弾禁止宣言、ダムダム弾の禁止に関するハーグ宣言、ダムダム弾の禁止に関するヘーグ宣言
署名 1899年7月29日
署名場所 ハーグ
発効 1900年9月4日
寄託者 オランダ国政府
条文リンク 御署名原本国立公文書館デジタルアーカイブ)
官報
法令全書
外務省 (PDF)

正式名称「外包硬固なる弾丸にして其の外包中心の全部を蓋包せず若は其の外包に截刻を施したるものの如き人体内に入て容易に開展し又は扁平と為るべき弾丸の使用を各自に禁止する宣言書」(Déclaration concernant l'interdiction de l'emploi de balles qui s'épanouissent ou s'aplatissent facilement dans le corps humain)。

概要

1884年に無煙火薬が発明されの発射薬に用いられるようになると、黒色火薬と比較して弾丸の速度が向上し、その発射に耐えるために弾丸も改良されを合金で覆ったものが用いられるようになった[2]。ただし鉛の弾丸は人体命中時にマッシュルーム状などに変形するため殺傷能力が高く、インドのダムダム工廠では弾丸の先端部のみ鉛がむき出しになった弾丸(ダムダム弾)が製造され、これらは植民地における戦争で用いられていた[2][3]

すでに1868年のサンクトペテルブルク宣言において、戦争の目的は敵国の軍隊を弱体化させることにあって、人員に不要な苦痛を与えることは人道上の問題があることを謳っていた[1]。ダムダム弾などの対人用拡張弾頭はこの精神に鑑みて問題があると考えられ[4]、1899年のハーグにおける国際会議において戦時の使用禁止が宣言されることとなった[5]

宣言の骨子は以下の通り[6]

  • 各国は、弾丸全体を強固な外皮で覆わず、人体命中時に容易に変形をする弾丸を用いないこと。
  • この宣言の効力は、締約国間での戦争において適用され、一方が非締約国である場合は、適用されないこと。

日本においては、明治33年11月22日の勅令「外包硬固ナル弾丸ニシテ其ノ外包中心ノ全部ヲ蓋包セス若ハ其ノ外包ニ截刻ヲ施シタルモノノ如キ人体内ニ入テ容易ニ開展シ又ハ扁平ト為ルヘキ弾丸ノ使用ヲ各自ニ禁止スル宣言書」において批准・公布されている[6]

脚注

  1. 石神輝雄 (2017年). 特定兵器の使用禁止と「不必要な苦痛禁止原則」の展開―1864 年から 1945 年までの条約実行の検討を通した予備的考察”. 広島法学 40巻3号. 2017年11月23日閲覧。
  2. かのよしのり『銃の科学』SBクリエイティブ、2012年、P96頁。ISBN 978-4797364125。
  3. A. Ogston (1898年9月17日). The Wounds Produced by Modern Small-Bore Bullets”. British Medical Journal. 2017年2月26日閲覧。
  4. 福田毅. 国際人道法における兵器の規制とクラスター弾規制交渉”. レファレンス 平成20年4月号. 国会図書館. 2017年2月26日閲覧。
  5. Geneva Academy of International Humanitarian Law and Human Rights. 1899 Hague Declaration concerning Expanding Bullets”. Weapons Law Enyclopedia. 2017年2月26日閲覧。
  6. 外包硬固ナル弾丸ニシテ其ノ外包中心ノ全部ヲ蓋包セス若ハ其ノ外包ニ截刻ヲ施シタルモノノ如キ人体内ニ入テ容易ニ開展シ又ハ扁平ト為ルヘキ弾丸ノ使用ヲ各自ニ禁止スル宣言書

関連項目

外部リンク

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