ダーク大和
来歴
島根県鹿足郡六日市町(現・吉賀町)生まれ[1]。その後広島に移住し、父の仕事(鍛冶屋)を手伝う最中、原爆投下により被爆者となる[1]。芸能好きの一家に育った大和は父の勧めで芸人となり、戦後は大衆演劇の大部屋俳優として辛酸を舐める[1]。
1949年、師と慕う漫才師大和家八千代、酒井儀二郎を追って上京[1]。この時「長谷川とんぷく」という芸名を名乗っていたが、師匠のアドバイスにより「ダーク大和」と改名。「ダーク」は暗い世相を反映して、大和は師匠に当たる大和家の屋号の一部を取って付けられたものであった[1]。
その後演芸場での活躍が認められ、伴淳三郎が当時所属していた芸映プロダクションに入る。井沢八郎や三波春夫、こまどり姉妹らの歌謡ショーで司会を務める[1]。しかしこの頃から、仕事を手品師一本に絞るようになり、自前のショーの他、テレビ番組でレギュラー出演を果たす[1]。
弟子
大和は14人の弟子を取っている[1]。弟子は以下の通り。
- ダーク豊和
- ダーク浜
- ダーク太陽
- ダーク広春
- ダーク広和
- ダーク史郎
- ダーク千鶴
- ダーク秀樹
- ダーク洋治
- ダーク久美
- ダークみどり
- ダーク宍道
- ダーク夏美
- ダーク喜美
エピソード
脚注
- ダーク大和物語I love magic 手品師 ダーク広和の徒然雑記
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.