チャイントン
チャイントン(ビルマ語: ကျိုင်းတုံ[1]、ALA-LC翻字法: Kyuiṅʻ" tuṃ、IPA: [t͡ɕáɪntõ̀ʷ] チャイントウン; Kyaingtong) は、ミャンマー・シャン州東部の都市である。ケントゥン (Kengtung)、チェントゥン (タイ語: เชิยงตุง; Chiang tung) とも表記される。
チャイントン ケントゥン、チェントゥン | |
|---|---|
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町 | |
![]() 1991年11月9日に取り壊されたソーボワ宮殿 | |
![]() チャイントン チャイントンの位置 | |
| 北緯21度17分30秒 東経99度36分30秒 | |
| 国 |
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| 州 |
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| 県(カヤイン) | チャイントン県 |
| 郡区(ピーネー) | チャイントン郡区 |
| 等時帯 | UTC+6.30 (MST) |
地理
チャイントンはシャン高原の山に囲まれた盆地にあり、タイ国境タチレクから約160キロメートル、中国国境のモンラーから約80キロメートルに位置する。町の中心のノントゥン湖とその畔の丘に建つ寺院、商店、民家などが密集して構成されている。
気候
ケッペンの気候区分ではサバナ気候に区分される。標高が高いため、冬にあたる12月-1月は最低気温が10℃を下回ることがあり、4月の最も暑い時期でも40℃近くまで上がることは少ない。雨季は5-10月までであり、特に8月-9月にかけては雨量が多くなる。冷える季節でも雪は降らないが霧が立ち込め、夜間に水が凍り、屋内の人々は火鉢で暖を取る[1]。
| チャイントン (1981–2010, 極値 1986–1994 , 2001–2010)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 32.0 (89.6) |
33.6 (92.5) |
36.5 (97.7) |
40.0 (104) |
39.6 (103.3) |
36.6 (97.9) |
34.6 (94.3) |
35.6 (96.1) |
35.0 (95) |
33.9 (93) |
32.4 (90.3) |
32.2 (90) |
40.0 (104) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 27.2 (81) |
29.5 (85.1) |
32.0 (89.6) |
33.7 (92.7) |
31.9 (89.4) |
30.7 (87.3) |
29.5 (85.1) |
29.6 (85.3) |
29.6 (85.3) |
28.8 (83.8) |
27.3 (81.1) |
25.6 (78.1) |
29.62 (85.32) |
| 平均最低気温 °C (°F) | 10.0 (50) |
11.0 (51.8) |
14.2 (57.6) |
17.9 (64.2) |
20.4 (68.7) |
21.7 (71.1) |
21.5 (70.7) |
21.3 (70.3) |
20.3 (68.5) |
18.5 (65.3) |
14.6 (58.3) |
11.0 (51.8) |
16.87 (62.36) |
| 最低気温記録 °C (°F) | 3.9 (39) |
5.0 (41) |
7.6 (45.7) |
10.2 (50.4) |
13.4 (56.1) |
16.0 (60.8) |
18.0 (64.4) |
17.0 (62.6) |
14.8 (58.6) |
7.8 (46) |
4.3 (39.7) |
2.8 (37) |
2.8 (37) |
| 降水量 mm (inch) | 3.2 (0.126) |
4.7 (0.185) |
7.1 (0.28) |
41.9 (1.65) |
168.4 (6.63) |
163.6 (6.441) |
158.1 (6.224) |
253.2 (9.969) |
293.4 (11.551) |
184.0 (7.244) |
60.6 (2.386) |
8.1 (0.319) |
1,346.3 (53.005) |
| 出典1:Norwegian Meteorological Institute | |||||||||||||
| 出典2:Sistema de Clasificación Bioclimática Mundial (records) | |||||||||||||
歴史
かつてはワ族の居住地であったが、13世紀にランナー王国マンラーイ王がこの地を征服し、城塞都市を築くと、北タイからの移民によりタイ系クン族(ビルマ語: ဂုံရှမ်း[2] ゴウンシャン (→ ゴンシャン族) あるいは ခွန်းလူမျိုး[1] クン・ルーミョー)が主な住民となった。マンラーイ王は王子と僧侶を派遣してチャイントンを支配させた[3]。以降ランナー、ビルマ、中国に朝貢しながら、1962年までマンラーイ王の直系子孫による統治が存続した。
ソーボワ治世
マンラーイ王の子孫らはソーボワ(藩王)として代々チャイントン藩を世襲統治してきた。19世紀のビルマがイギリス領インド帝国編入後も、シャン州英国人弁務長官のもと、引き続きソーボワによる自治が認められた。1905年、当時のソーボワ・サオ・コン・キャオ・インタレンによって、ノントゥン湖畔に西洋風の宮殿が築かれた。1942年に日本軍のビルマ侵攻を受けた後、チャイントン藩はタイ王国に割譲された。戦後、パンロン協定でシャン州各藩とともに、ソーボワ制存続と自由離脱権限を条件にビルマ連邦へ加入するが、後のアウンサン暗殺と1962年の軍事クーデターにより、その取り決めは反故にされ、ソーボワ制は終焉した。チャイントン藩最後のソーボワ・サオ・サイ・ロンは軍事政権によって投獄された後に釈放されたが、故郷チャイントンに帰らぬまま首都ヤンゴンで死去した。1991年、ミャンマー政府によりノントゥン湖畔の宮殿も爆破・解体された。
交通
周囲を山々に囲まれており、外の都市へは山中を抜けるか航空機を利用しなければならない。とはいえ、古くから交易の要衝であり、現在でも、ミャンマー中部メイッティーラと泰緬国境タチレクを結ぶ国道4号線(アジアハイウェイ2号線でもある)と、中緬国境(打洛、モンラー)へ通じるアジアハイウェイ3号線の合流地点となっている。
2015年現在、外国人はタイ国境タチレクとの間をバスやタクシーで往来可能だが、その他の都市とチャイントン間の陸路移動は認められておらず、検問所で取締りを受ける。一方、空路であれば外国人でも、ヤンゴン、マンダレーなど国内都市との移動が可能である。
脚注
- ナン・ツァムキン「チャイントン町の話」 大野徹『やさしいビルマ語読本』大学書林、1991年、106-123・182-193頁。
- (ビルマ語)မောင်ချစ်ထွေး (2006). မေတ္တာရေစီးကြောင်းပေါ်က စည်းလုံးညီညွတ်ရေး. ပုံနှိပ်ရေးနှင့် စာအုပ်ထုတ်ဝေရေးလုပ်ငန်း
- 伊藤利勝編「ミャンマー概説」(めこん、2011年) 第5章第2節 サイカムモン著(原田正美訳) p.411
- 鈴木(1977) p.189-193
- この人物を山田長政としたのは、鈴木の推定と見られる。なお、長政は台湾経由でシャムに渡航したと考えられている。

