チャック・ジェームズ

チャック・ジェームズ(Charles Hamilton "Chuck" James , 1981年11月9日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州出身の元プロ野球選手(投手)。

チャック・ジェームズ
Chuck James
ブレーブス時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 ジョージア州アトランタ
生年月日 (1981-11-09) 1981年11月9日(42歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2002年 MLBドラフト20巡目
初出場 2005年9月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

プロ入りとマイナー時代とブレーブス時代

2002年のMLBドラフト20巡目で、アトランタ・ブレーブスに入団。

2005年1Aからメジャーまで一気に昇格し、9月28日にメジャーデビューを果たした。わずか2試合の登板であったが、防御率1.59をマーク。また、フィル・ニークロ賞を受賞した。

2006年はブルペン要員として開幕メジャーの切符をつかんだものの、5月にはマイナーへ降格した。しかし、マイク・ハンプトンがトミー・ジョン手術でリハビリ中、ホライシオ・ラミレスとジョン・トムソンの故障や不振などが重なり、6月末に先発要員としてメジャーへ呼び戻されることとなった。実質1年目でありながら、シーズントータルで25試合(先発が18試合)に登板し、11勝4敗、防御率3.78をマーク。来期の先発ローテーション入りをほぼ確実なものにした。

2007年は、開幕からジョン・スモルツ・ティム・ハドソンに続く、先発3番手としてローテーション入りを果たし、昨シーズンと同じく11勝を挙げた。しかし、オールスター前後から左肩の具合がおもわしくなく、前半戦だけで8勝をマークしていたのだが、後半戦は3勝と尻すぼみとなった。特に8月は0勝で、防御率は8.59と絶不調であった。そのため、メッツ・フィリーズと熾烈なプレーオフ争いを繰り広げていたチームが失速し、プレーオフ進出を逃す一因となってしまった。また、同年11月には結婚をした。

ナショナルズ傘下時代

2010年は、ワシントン・ナショナルズ傘下のマイナーチームでプレー。

ツインズ時代

2011年は、ミネソタ・ツインズで3年振りにメジャー昇格を果たした。オフに、FAとなった。

また、11月8日から、エンリケ・ゴンザレス、テリー・ティフィーと共に埼玉西武ライオンズの入団テストを受けたが[1]、不合格となった。

メッツ傘下時代

2011年11月15日に、ニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだ。[2]

2012年は、開幕を傘下AAAのバッファロー・バイソンズで迎えた。18試合に登板したが、成績不振で7月5日に、解雇された。その後、現役引退した。

投球スタイル

抜群の制球力を生かし、緩急をつけるピッチングが持ち味。タイプ的にトム・グラビンと似ている。そのため、"トム・グラビン2世"と言われ、よく比較される[3]。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2005 ATL 200000000----235.240300510111.591.24
2006 251800011400.733504119.0101204726912054503.781.24
2007 3030000111000.524691161.11643258511161177764.241.38
2008 770002500.28614629.236102023221130309.101.89
2011 MIN 800000000----4610.1121400802776.101.55
通算:5年 7255000241900.558141032631763132910242541691644.531.38
  • 2011年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

  • 36 (2005年 - 2008年)
  • 44 (2011年 - )

脚注

  1. “2年連続2桁勝利投手も 西武 メジャー経験ある外国人3選手をテストへ”. スポニチ Sponichi Annex (2011年11月7日). 2011年11月15日閲覧。
  2. Mets sign LHP Chuck James
  3. 「希望の星はグラビン2世」『月刊スラッガー』2006年11月号 日本スポーツ企画出版社 79頁

外部リンク

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