テラブガマ
概要
牧港のテラブガマは琉球石灰岩からなる自然洞窟で、現在では御嶽(参拝所)として使われているが、第二次世界大戦(太平洋戦争)末期の沖縄戦では防空壕としても利用された。洞窟内の広さは約30平方メートルで、奥には拝壇があり、今でも時折参拝者が見られる。
所在地
浦添市北西の牧港に位置する。国道58号沿いにあり、近くにはブルーシールアイスクリームやファミリーレストランなどの商業施設が点在している。
伝説
伝説によれば、1165年(乾道元年)に今帰仁の運天港に漂着した源為朝は、大里按司の妹を妻に迎えて男児(後の舜天王)をもうけたが、為朝は浦添から出帆し帰郷、残された妻子はテラブガマにて彼を待ちわびたといい、それ以来同地は待港(まちみなと)と呼ばれ、牧港(まきみなと)の地名の由来になったといわれている。
戦時中の利用
沖縄戦にて、テラブガマは防空壕として使われ、何個かの部落が集まり、約60人が避難していた。浦添は激戦地となったため、テラブガマもほどなく米軍に発見され、米兵を恐れた多くの市民が同ガマ内で集団自決を行った[1]。
脚注
- 佐野眞一『僕の島は戦場だった 封印された沖縄戦の記憶』集英社インターナショナル、2013年5月20日
外部リンク
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