ディア・プルーデンス

ディア・プルーデンス」(Dear Prudence)は、ビートルズの楽曲である。1968年に発売された9作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『ザ・ビートルズ』に収録された。レノン=マッカートニー名義となっているが、実質的にはジョン・レノンによって書かれた楽曲で、1968年初頭にインドのリシケーシュに滞在していた時期に書かれた。歌詞はマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのもとで共に講義を受けていたプルーデンス・ファローに触発されて書かれたもの[2]で、部屋に籠もって瞑想に集中しているファローに対し、「外に出て来て一緒に遊ぼう」と呼びかけるという内容になっている。

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ディア・プルーデンス
ビートルズ楽曲
収録アルバムザ・ビートルズ
英語名Dear Prudence
リリース1968年11月22日
録音
  • 1968年8月28日 – 30日 (1968-08-28 1968-08-30)
  • トライデント・スタジオ
ジャンルロック[1]
時間3分56秒
レーベルアップル・レコード
作詞者レノン=マッカートニー
作曲者レノン=マッカートニー
プロデュースジョージ・マーティン
ザ・ビートルズ 収録曲
バック・イン・ザ・U.S.S.R.
(DISC 1 A-1)
ディア・プルーデンス
(DISC 1 A-2)
グラス・オニオン
(DISC 1 A-3)

レノンは、同じくインドに滞在していたドノヴァンから教わった3フィンガー・ピッキングを楽曲中で使用している。歌詞の中では自然の美しさを称えるフレーズも含まれている。本作のレコ―ディングは、1968年8月下旬にトライデント・スタジオで行われたが、「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」のセッション中にポール・マッカートニーリンゴ・スタードラムに対して細かく注文したことにより、スターが一時的に脱退したため、演奏に参加したのは残った3人のみとなっている。最後のセッションでは、マル・エヴァンズジャッキー・ロマックス、ジョン・マッカートニーも参加した。

「ディア・プルーデンス」は、音楽評論家より肯定的な評価を得ており、スージー・アンド・ザ・バンシーズをはじめとした多数のアーティストによってカバー・バージョンが発表された。なお、本作はレノンのお気に入りの楽曲の1つとなっている。

背景

A photograph of meditation chambers, which are small domes built of small stones, with plants growing out of the cracks and surrounded by thick jungle.
プルーデンス・ファローが篭ったインド・リシケーシュに残るマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの瞑想室(北緯30度6分39.1秒 東経78度18分43.1秒

本作のモチーフとなったのは、女優のミア・ファローの妹であるプルーデンス・ファロー[3]。ファローは、ビートルズとともにリシケーシュに滞在し、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの講義を受けていた[4]。リシケーシュに滞在していた期間、ファローは瞑想について非常に真剣になっており、何日も自室に籠もって瞑想し続けていた[5]。この事態を重く見たマハリシは、ジョン・レノンジョージ・ハリスンに対して、ファローを外に連れ出すように伝えた。

ファローに対して外に出るように呼びかける中で、レノンは「ディア・プルーデンス」を書いた[5]。歌詞の中で、レノンはファローに対して「Open your eyes(目を開けてごらん)」「see the sunny skies(晴れわたった空をごらん)」と呼びかけ、自然の美しさを歌う中で彼女自身も「美しいもの」の一つであると歌っている[6]。1980年の『プレイボーイ』誌のインタビューで、レノンは本作について「ミア・ファローの妹についての歌。彼女は瞑想に耽っていて、滞在先のバンガローから出てこなかった。マハリシは、僕とジョージに彼女を外に連れ出すように言った。なにしろ3週間も籠もりきりだったのだから。彼女は誰よりも先に神様を見つけようとしていた。マハリシの合宿所では、誰が最初に宇宙的な体験ができるのかで競い合っていたんだ」と語っている[7][8]

ファローは、回想記『Dear Prudence: The Story Behind the Song』にて「講義や食事が済んだら、すぐに自分の部屋に直行して瞑想を始めていたので、きっと目立っていたんだと思う」「ジョンやジョージが他の人達と、ドアの外のベランダでジャム・セッションをしていた。しかし、私は合宿場で瞑想の効果を最大限に得ることにしか興味がなく、正直に言ってビートルズが近くにいても居なくても、私には関係のないことだった」と振り返っている[9][10]

曲の構成

レノンは、インド滞在中にドノヴァンより教わった3フィンガー・ピッキングを使用している[11][12]。マッカートニーは「ドノヴァンが教えてくれたのは、フォークのピッキング・スタイルだけど、バンドの中でこれをちゃんと弾けたのはジョンだけだった。僕は自分流にやっていた」と振り返っている[12]

曲のキーはDメジャーに設定され、E弦からD弦に下げて弾く技法が使用された[13][12]。また、同じくレノン作の「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」に似た、半音階のベースラインも本作の特徴となっている[14][15]。曲はギターのアルペジオによる静かなセクションから始まり、1番目の「The sun is up…」のフレーズからリズムセクションが加わり、ロックサウンドへと変化する[16]

歌詞の中では、「The sun is up, the sky is blue, it's beautiful, and so are you(陽は昇り、空は青い、とっても素敵な天気だし、君も素敵だ)」をはじめとした[17]自然の美しさを称賛するフレーズが含まれている[18]。作家のマーク・ハーツガードは、1965年に発表したレノン作の「ひとりぼっちのあいつ」の初期段階のアイデアを発展させたものとしている[19]

レコーディング

イーシャー・デモ

「ディア・プルーデンス」は、1968年5月にアルバム『ザ・ビートルズ』のレコーディングに向けてデモ音源が制作された27曲[20]のうちの1つだった[21][22]。イーシャーにあるハリスンの自宅で、レノンはアコースティック・ギターでの弾き語りデモ音源をレコーディングした[23][24]。デモ音源の最後には、「彼女の周りの人間は、みなこの娘のことを心配していた。彼女がおかしくなりそうだったから。そこで僕らは彼女に歌いかけた」というレノンの語り[25]が入っている[19][26][12]

このイーシャー・デモは、2018年に発売された『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム) 〈スーパー・デラックス・エディション〉』のCD3に収録された。

スタジオでのレコーディング

「ディア・プルーデンス」のレコーディングは、1968年8月28日から30日にかけて行われた[27][28][12]。レコーディングは8トラック・レコーダーを使用するために、トライデント・スタジオで行われた[29]。当時ビートルズのメンバーの間では不和が生じており[30]、8月22日に行われた「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」のセッションで、マッカートニーにドラムの演奏について注文を付けられたスターがスタジオを飛び出し、一時的に脱退することとなった[31][32][12]ため、本作におけるドラムはマッカートニーが代わりに演奏している。レコーディングでは、レノンが購入したギター・アンプ(フェンダー・ツインリヴァーブ)とハリスンが購入したフェンダー・テレキャスターが使用された[33]

8月28日にベーシック・トラックが作成され、トラック6にマッカートニーのドラム[28]、トラック7にハリスンの音を歪ませたギター、トラック8にレノンのフィンガー・ピッキングによるエレクトリック・ギター(リズムギター)が録音された[12]

8月29日と30日にトラック1からトラック5に対してオーバー・ダビングが行われた[29]。トラック3にレノンのボーカル、トラック4にマッカートニーのピアノフリューゲルホルン[28][注釈 1]、ハリスンの追加のギターのパートが録音され、マッカートニーのベースとレノンのタンバリンがトラック5でミックスされた[35]。トラック1とトラック2にマル・エヴァンズアップル所属のアーティストであるジャッキー・ロマックスのほか、マッカートニーのいとこであるジョン・マッカートニーによるバッキング・ボーカルハンドクラップが録音された[33][29]

10月13日にモノラル・ミックスとステレオ・ミックスが作成された[29]

リリース・評価

「ディア・プルーデンス」は、1968年11月22日にアップル・レコードより発売された[36]オリジナル・アルバム『ザ・ビートルズ』のA面2曲目に収録された[37]。アルバムでは、前曲「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」の最後のジェット機の着陸音とクロス・フェードするように編集されている[38][39]。ただし、2023年11月10日に発売されたコンピレーション・アルバム『ザ・ビートルズ1967年〜1970年』のスペシャル・エディションでは、クロス・フェードしないバージョンが収録されている。

ティム・ライリーは「自然について歌われた重要なビートルズの曲」とし、バンドのアンサンブルを称賛した[40]ジュリアン・レノンは、父ジョンが書いた楽曲の中でお気に入りの楽曲としており[41]、レノン自身もビートルズ時代に書いた楽曲でお気に入りの1つとして挙げている[17]。1987年にレノンによる手書きの歌詞がオークションにて19,500ドルで落札された[42]。ビートルズのパロディバンドであるラトルズは、1978年にアメリカで放送されたテレビ映画『オール・ユー・ニード・イズ・キャッシュ』で、本作のパロディ曲「Let's Be Natural」を披露している[41]。2006年に『モジョ』誌が発表した「The 101 Greatest Beatles Songs」では第44位[43]、2010年に『ローリング・ストーン』誌が発表した「100 Greatest Beatles Songs」では第63位を記録した[41]

2006年にシルク・ドゥ・ソレイユのショーのサウンドトラック・アルバムとして発売された『LOVE』には、本作のエンディング部分が「カム・トゥゲザー」とコラージュされた形で収録された。

クレジット

※出典[33][35]

ビートルズ
外部ミュージシャン
  • マル・エヴァンズジャッキー・ロマックス、ジョン・マッカートニー - バッキング・ボーカル、ハンドクラップ

カバー・バージョン

スージー・アンド・ザ・バンシーズによるカバー

ディア・プルーデンス
スージー・アンド・ザ・バンシーズシングル
B面
  • タトゥー
  • There's a Planet in My Kitchen (12inch Only)
リリース
規格
録音 1983年
時間
レーベル
作詞・作曲 レノン=マッカートニー
プロデュース
  • スージー・アンド・ザ・バンシーズ
  • マイク・ヘッジス
チャート最高順位
スージー・アンド・ザ・バンシーズ シングル 年表
  • メルト! / この子こそ 神のみ子
  • (1982年)
  • ディア・プルーデンス
  • (1983年)
  • スウィミング・ホース
  • (1984年)
ミュージックビデオ
「Dear Prudence」 - YouTube

スージー・アンド・ザ・バンシーズによるカバー・バージョンが、1983年9月23日にポリドール・レコードよりシングル盤として発売された[41]。アメリカではゲフィン・レコードより1作目のシングルとして発売された。

カバー・バージョンのレコーディング当時、ギタリストのジョン・マッギオークがアルコール依存症により脱退していたため、ザ・キュアーロバート・スミスが代役を務めた[45]

スージー・アンド・ザ・バンシーズは、1978年に発売されたアルバム『悲鳴』で「ヘルター・スケルター」をカバーした[45]。その後、北欧ツアーの期間中にスージー・スーがビートルズの別の楽曲もカバーすることを提案[46]。ドラマーのバッジーによると、ロバート・スミスを除く全員がアルバム『ザ・ビートルズ』を好んでおり、その中でスミスも知っている本作がカバーされることになったとのこと[47]。レコーディングには、スミスの妹であるジャネット・スミスがチェンバロで参加している[47]

スージー・アンド・ザ・バンシーズのカバー・バージョンは、全英シングルチャートで最高位3位を記録した[44]。シングルのヒットにより、バンドはクリスマスに放送された『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演し、本作を演奏した。番組への出演について、スーは「友達が仕立ててくれた新しい革のドレスを着てストライプのタイツを履いていた以外は、あまり覚えていない」と語っている[45]

その他のアーティストによるカバー

脚注

注釈

  1. 音楽ジャーナリストのロバート・フォンテノットは「マッカートニーがフリューゲルホルンを演奏したとしている者もいるが、この音はハリスンがギブソン・レスポールで弾いたリードギター」と述べている[34]

出典

  1. All 213 Beatles Songs, Ranked from Worst to Best”. Vulture. Vox Media (2017年6月7日). 2020年9月25日閲覧。
  2. MacDonald 2005, pp. 310–311.
  3. Sheff 2000, p. 198.
  4. Everett 1999, pp. 158, 167.
  5. Womack 2014, p. 219.
  6. Spignesi & Lewis 2009, p. 252.
  7. Sheff 2000, pp. 198–199.
  8. ビートルズ『ディア・プルーデンス』誕生秘話:プルーデンス本人が語るインド瞑想合宿”. Rolling Stone Japan. CCCミュージックラボ. p. 1 (2016年2月27日). 2020年9月25日閲覧。
  9. Womack 2014, p. 274.
  10. ビートルズ『ディア・プルーデンス』誕生秘話:プルーデンス本人が語るインド瞑想合宿”. Rolling Stone Japan. CCCミュージックラボ. p. 5 (2016年2月27日). 2020年9月25日閲覧。
  11. Turner 2006, p. 146.
  12. White Album 2018, p. 12.
  13. MacDonald 2005, pp. 311, 494.
  14. Pedler 2003, pp. 436–437.
  15. MacDonald 2005, pp. 241, 311.
  16. Riley 2002, pp. 263–264.
  17. Doyle, Jack (2009年7月27日). Dear Prudence, 1967-1968”. PopHistoryDig.com. 2012年9月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月25日閲覧。
  18. Riley 2002, p. 265.
  19. Hertsgaard 1996, p. 256.
  20. Everett 1999, p. 163.
  21. Miles 2001, p. 299.
  22. Winn 2009, pp. 169–170.
  23. Quantick 2002, p. 23.
  24. Hertsgaard 1996, p. 252, 256.
  25. Winn 2009, p. 170.
  26. Unterberger 2006, p. 199.
  27. Quantick 2002, p. 76.
  28. Lewisohn 2005, p. 152.
  29. White Album 2018, p. 13.
  30. Miles 2001, pp. 307, 315.
  31. Babiuk 2002, p. 227.
  32. Winn 2009, p. 205.
  33. Everett 1999, p. 168.
  34. Fontenot, Robert. The Beatles Songs: 'Dear Prudence' - The history of this classic Beatles song”. oldies.about.com. 2015年9月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月28日閲覧。
  35. White Album 2018, pp. 12–13.
  36. Lewisohn 2005, p. 163.
  37. Miles 2001, p. 314.
  38. Womack 2007, p. 221.
  39. Everett 1999, p. 188.
  40. Riley 2002, pp. 261, 264–265.
  41. Womack 2014, p. 220.
  42. Rimer, Sara (1987年6月28日). “The Beatles and Youth at Auction”. The New York Times. https://www.nytimes.com/1987/06/28/nyregion/the-beatles-and-youth-at-auction.html 2009年11月10日閲覧。
  43. Alexander, Phil (July 2006). “The 101 Greatest Beatles Songs”. Mojo: 90.
  44. Official Singles Chart Top 100”. UK Singles Chart (1983年10月15日). 2020年9月26日閲覧。
  45. The story behind the song: Dear Prudence by Siouxsie And The Banshees”. Louder (2018年2月15日). 2019年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月25日閲覧。
  46. The Crate: Siouxsie and the Banshees faithfully cover the Beatles' Dear Prudence”. The Sydney Morning Herald (2015年5月28日). 2019年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月25日閲覧。
  47. Paytress, Mark (2003). Siouxsie & the Banshees: The Authorised Biography. London: Sanctuary. p. 137. ISBN 1-86074-375-7. https://books.google.com/books?id=nFIAAAAACAAJ
  48. Henderson, Alex. Gabor Szabo 1969 - Gabor Szabo | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月26日閲覧。
  49. Matteo, Stephen J.. Family - Kenny Rankin | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月26日閲覧。
  50. The Hot 100 Chart”. Billboard (1970年7月18日). 2020年9月26日閲覧。
  51. Viglione, Joe. The Leslie West Band - Leslie West | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月26日閲覧。
  52. Mills, Ted. Live at the Knitting Factory: Downtown Does the Beatles - Various Artists | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月26日閲覧。
  53. Jarnow, Jesse. Live Phish, Vol. 13: 10/31/94, Glens Falls Civic Center, Glens Falls, NY - Phish | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月26日閲覧。
  54. Womack 2014, pp. 193, 220.
  55. Marsh, Peter (2002年). Music - Review of Brad Mehldau - Largo”. BBC. 2022年11月18日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク

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