ディノ・トソ

ディノ・トソDino Toso, 1969年2月11日 - 2008年8月13日[1]は、オランダ出身のエンジニア。 2003年から2008年6月までルノーF1チームの空気力学技術ディレクターを務めた。

Dino Toso
ディノ・トソ
生誕 ディノ・ヴィットリオ・マルセリヌス・トソ
(1969-02-11) 1969年2月11日
オランダの旗 オランダデルフト
死没 2008年8月13日(2008-08-13)(39歳)
イングランドの旗 イングランドオックスフォード
国籍 イタリア系オランダ人
著名な実績 空気力学技術ディレクター
ルノーF1チーム
配偶者 Nathalie Toso
子供 1

経歴

アペルドールン技術大学で自動車設計と電子工学を学び、自動車工学の学位を取得。

英国のクランフィールド大学空気力学と飛行の修士号を取得し[2]、NLR-オランダ航空宇宙センター(Royal Netherlands Aerospace Centre : Royal NLR)を勤務。

1995年、BMWGTレーシング・プログラムに採用される。

1997年にジョーダンに移り、そこでレースエンジニアとして働き、1998年ベルギーGPデイモン・ヒルが初優勝をもたらした[3]

2000年、トソはヤルノ・トゥルーリのレースエンジニアを務め、2人は後にルノーで再会する[4][5]

2001年、ジョーダンの元同僚であるマイク・ガスコインの後を追って、ルノーへの売却で2002年にチーム名を変更するベネトンに移籍し、2003年末、ジョン・アイリーの後任としてチーフエアロダイナミシストに就任する。

2004年モナコGPでヤルノ・トゥルーリがグランプリ初優勝を監督した後、R25R26を開発したチームの一員となり、2年連続ドライバーズ・チャンピオンとコンストラクターズ・チャンピオンを獲得した[6][7] [8]

チーム在職中に17回の勝利を挙げ、フェルナンド・アロンソが14回、ジャンカルロ・フィジケラが2回、ヤルノ・トゥルーリが1回優勝した。

2008年6月、トソは体調不良のため辞任した[3][9][10]

私生活

トソはナタリーと結婚し、娘のイザベラをもうけた[1]

2004年にと診断され、治療を受けながら仕事を続けたが、引退から2か月後の2008年8月13日、逝去[3][11][12]。39歳没。

フラビオ・ブリアトーレエディ・ジョーダンデイモン・ヒルなどの元同僚が彼の葬式に出席した[13]

出典

  1. Death announcement in The Daily Telegraph
  2. Bradley Lord, Dino Vittorio Marcellinus Toso, n Autosport, 20 August 2008
  3. People: Dino Toso”. grandprix.com. 2008年8月13日閲覧。
  4. Trulli chases old engineer”. grandprix.com. 2022年7月7日閲覧。
  5. The hidden hero behind Alonso’s Enstone F1 glory years”. autosport.com. 2021年4月23日閲覧。
  6. Trulli tribute”. Eurosport. 2022年7月7日閲覧。
  7. Dino Toso - De man die de hegemonie van Ferrari doorbrak (オランダ語). GP Today. 2022年7月7日閲覧。
  8. How the Renault R25 finally ended Ferrari's dominance”. Formula 1. 2022年7月7日閲覧。
  9. The hidden hero behind Alonso’s Enstone F1 glory years”. autosport.com. 2021年4月23日閲覧。
  10. The Story of Dino Toso: A Formula 1 Engineering Legend”. Medium. 2022年7月7日閲覧。
  11. Dallara man wins Dino Toso award”. pitpass.com. 2022年7月7日閲覧。
  12. Renault Team pays tribute to Dino Toso”. Motorsport. 2022年7月7日閲覧。
  13. F1 figures farewell friend Dino Toso”. newsonf1.co.uk. 2022年7月7日閲覧。
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