トニー・ガレア

トニー・ガレアTony Garea、本名:Anthony Garcia1946年9月20日 - )は、ニュージーランドオークランド出身の元プロレスラーWWEプロデューサー。

トニー・ガレア
トニー・ガレアの画像
2007年
プロフィール
リングネーム トニー・ガレア
(トニー・ガリア)
本名 アンソニー・ガルシア
ニックネーム 白馬の騎士
身長 188cm - 190cm
体重 109kg - 112kg
誕生日 (1946-09-20) 1946年9月20日(77歳)
出身地 ニュージーランドの旗 ニュージーランド
オークランド
所属 WWE
スポーツ歴 ラグビー・フットボール
トレーナー ワイルド・ドン・スコット
デビュー 1971年
引退 1986年

現役選手時代は正統派の二枚目ベビーフェイスとして、ニューヨークWWWF / WWFを主戦場に活躍した[1]リングネームは日本では「トニー・ガレア」の表記が定着しており本項でもそれに倣うが、より原音に近い表記は「トニー・ガア」である。

来歴

クロアチア移民の2世 "Anthony Gareljich" としてニュージーランドオークランドに生まれる。学生時代はラグビーの選手として活躍[2]1971年にニュージーランドでデビュー後、1972年アメリカに渡り、エディ・グラハムが主宰していたフロリダCWFを経てWWWFに参戦[2]ベビーフェイスのハンサム・ガイとして売り出された。

1973年5月30日には巨漢ヘイスタック・カルホーンのパートナーに起用され、プロフェッサー・タナカ&ミスター・フジからWWWF世界タッグ王座を奪取。9月11日にタナカ&フジに奪回されるが、11月14日に日系人ベビーフェイスのディーン・ホーとの新コンビで王座に返り咲いた。その後も、1978年11月21日にラリー・ズビスコと組んでユーコン・ランバージャックスピエール&エリック)、1980年11月8日にリック・マーテルと組んでワイルド・サモアンズアファ&シカ)、1981年7月21日にもマーテルとのコンビでムーンドッグスレックス&スポット)を破り、同タイトルを通算5回に渡って獲得[3]。シングルでは1978年12月18日、ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンにおいて、ハーリー・レイスNWA世界ヘビー級王座に挑戦した[4]

この間、太平洋岸NWAサンフランシスコ地区にも参戦、1976年5月15日にパット・パターソンとのチームでドン・ムラコ&インベーダー1号から同地区認定のNWA世界タッグ王座を奪取している[5]。また、1978年1979年の2年連続で、新日本プロレスMSGシリーズに来日。1978年の第1回大会では予選トーナメントで失格したが(2回戦でバグジー・マグロー、敗者復活戦で上田馬之助に敗退)[6]、1979年の第2回大会では決勝リーグに進出して、アントニオ猪木をはじめアンドレ・ザ・ジャイアントスタン・ハンセンとも対戦した[7]

1982年にマーテルがWWFを離れてからは、エディ・ギルバートブライアン・ブレアーなど当時の若手選手をパートナーに、主にミッドカードに出場[8]。以降はベテランのジョバーとして、ヒールのニューカマーの引き立て役を務めた[9]1984年にWWFの全米侵攻が始まってからはロード・エージェントを担当するようになり、以降1986年よりWWEのバックステージで活動している[2]

番組内のスキットに出演することは滅多になく裏方に専念しているが、アティテュード期の1990年代末、ゴールドバーグのパロディ・キャラクターとして登場したギルバーグの入場シーンにおいて、彼の控え室をノックして出番を告げる役を常に担当していた(この行為もゴールドバーグの入場シーンのパロディである)。

2007年6月24日のヴェンジャンスでは、かつてのタッグパートナーだったマーテルと共に、デュース・アンド・ドミノに攻撃されるジミー・スヌーカサージェント・スローターを救出[10][11]2008年6月11日のWWEのオークランド公演では、同じくニュージーランド出身であるザ・ブッシュワッカーズブッチ・ミラーと共にMVPのトーク・コーナー "VIPラウンジ" に登場、ヒールのホスト役MVPを蹴散らして喝采を浴びた。

2010年3月29日のRAWでは、クリスチャンテッド・デビアス・ジュニアランバージャック・マッチにおいて、ニック・ボックウィンクル"ザ・ミリオンダラー・マン" テッド・デビアスIRSロディ・パイパーリッキー・スティムボートジェリー・ローラーらと共に、レジェンドの1人としてランバージャック役を務めた[12]

実弟のジョニー・ガルシアことジョン・ガレアもニュージーランドのプロレスラーであり、WWFにも短期間出場していた[2]

得意技

獲得タイトル

脚注

  1. 『THE WRESTLER BEST 1000』P270(1996年、日本スポーツ出版社
  2. Tony Garea”. Online World of Wrestling. 2015年1月9日閲覧。
  3. History of the WWE World Tag Team Championship”. WWE.com. 2010年4月5日閲覧。
  4. Events Database: WWWF 1978/12/18”. Cagematch.net. 2016年7月2日閲覧。
  5. NWA World Tag Team Title [San Francisco]”. Wrestling-Titles.com. 2009年9月1日閲覧。
  6. NJPW 1978 The 1st Madison Square Garden Series”. Puroresu.com. 2015年7月8日閲覧。
  7. NJPW 1979 The 2nd Madison Square Garden Series”. Puroresu.com. 2015年7月8日閲覧。
  8. WWE Yearly Results 1983”. The History of WWE. 2015年1月9日閲覧。
  9. WWE Yearly Results 1984”. The History of WWE. 2015年1月9日閲覧。
  10. Where Are They Now? Rick Martel”. WWE.com (November 19, 2008). 2010年4月21日閲覧。
  11. WWE Vengeance: June 24, 2007”. Online World of Wrestling. 2015年1月9日閲覧。
  12. WWE RAW: March 29, 2010”. Online World of Wrestling. 2010年4月25日閲覧。

関連項目

外部リンク

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