トニー・グウィン・ジュニア

アンソニー・キース・グウィン・ジュニア(Anthony Keith Gwynn Jr., 1982年10月4日 - )は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州ロングビーチ出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。

トニー・グウィン・ジュニア
Tony Gwynn, Jr.
ドジャース時代(2011年8月3日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ロサンゼルス郡ロングビーチ
生年月日 (1982-10-04) 1982年10月4日(41歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2003年 MLBドラフト2巡目(全体39位)でミルウォーキー・ブルワーズから指名
初出場 2006年7月15日
最終出場 2014年9月28日
年俸 $850,000(2012年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

「安打製造機」の異名をとったトニー・グウィンの息子である。

経歴

プロ入り前

高校時代の2000年にMLBドラフト33巡目(全体1000位)でアトランタ・ブレーブスから指名を受けたが、サンディエゴ州立大学へ進学した。

プロ入りとブルワーズ時代

2003年、再びMLBドラフト2巡目(全体39位)でミルウォーキー・ブルワーズから指名され、プロ入り。

2006年7月15日にメジャーデビュー。7月19日に初安打となる二塁打を放った。奇しくも24年前の同じ日に父親であるトニー・グウィンも初安打となる二塁打を放っている。結局、この年はスタメン確保はならず、控え外野手として32試合に出場し、打率.260を記録した。

2007年も控え外野手としての出場が続いたが、9月29日のサンディエゴ・パドレス戦で、1点ビハインドで迎えた9回裏にパドレスの守護神トレバー・ホフマン投手から同点の適時三塁打を放ち、チームのサヨナラ勝ちに貢献した。この敗戦によってパドレスは西地区優勝を逃し、プレーオフ進出も叶わなかった。パドレスは父親が長年所属していたチームであり、パドレスの監督であるバド・ブラックは「息子に打たれるとは、まったく皮肉だよ」と述べていた。

パドレス時代

2009年5月21日、父が在籍していたパドレスにトレードで移籍。各部門で自己ベストの成績を残すも、翌2010年は極度の打撃不振に陥り、出番が減少した。なお、余談ではあるが、この年の9月24日のシンシナティ・レッズ戦で、アロルディス・チャップマンが投じた当時史上最速105mph(169km/h)の直球に対峙した。オフの12月2日にFAとなった。

ドジャース時代

2010年12月11日にロサンゼルス・ドジャースと67万5000ドルの1年契約を結んだ[2][3]。

2011年は、自己最多の136試合に出場。打率.256・2本塁打・22打点・22盗塁をマークし、オフの12月12日にドジャースと総額200万ドルの2年契約に合意した[4][5]。

2012年は103試合に出場して打率.232・17打点・13盗塁の成績を残した。

2013年は開幕メンバーに名を連ねることさえできず、傘下のAAA級アルバカーキ・アイソトープスでのスタートを余儀なくされた。このシーズンは結局最後までメジャーに昇格できず11月5日にFAとなった。

フィリーズ時代

2013年12月19日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ[6]。

2014年3月29日にメジャー契約を結んだ[7]。開幕後は69試合に出場したが、打率.163・3打点・2盗塁と結果を残せず、7月21日にDFAとなった[8]。7月28日に放出されたが[9]、8月3日にマイナー契約で残留して傘下のAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスへ配属された。9月にセプテンバーコールアップで再度昇格した。10月9日にFAとなった[10]。

ナショナルズ傘下時代

2015年3月2日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ。シーズンでは傘下のAAA級シラキュース・チーフスでプレーし、89試合に出場して打率.255・1本塁打・27打点・10盗塁の成績を残した。オフの11月6日にFAとなった[10]。

引退後

2016年2月25日にドジャースの放送チームでの仕事をすることが明らかになった[11]。2017年シーズンからはパドレスへ移った[12]。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
2006 MIL 3280775202102443101200152.260.312.275.587
2007 691351231332320391081001210240.260.317.326.643
2008 2949425810091311140171.190.271.214.485
2009 SD 11945139359106116213521117534822652.270.350.344.693
2010 11733928930599338320174714141503.204.304.287.591
2011 LAD 1363403123780126211022226222311612.256.308.353.660
2012 10327725929608407617136201620526.232.276.293.570
2014 PHI 80127105141621020330601511230.152.264.190.455
MLB:8年 685179816001923814823749698802623816111629716.238.309.310.619

背番号

  • 22(2006年 - 2008年)
  • 18(2009年 - 2010年)
  • 10(2011年 - 2012年)
  • 19(2014年)

脚注

  1. “Tony Gwynn Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2014年1月26日閲覧。
  2. “Dodgers sign Gwynn to one-year deal”. MLB.com Dodgers Press Release (2010年12月11日). 2014年7月22日閲覧。
  3. Ken Gurnick (2010年12月11日). “Gwynn deal with Dodgers official after physical”. MLB.com. 2014年7月22日閲覧。
  4. “Dodgers sign Gwynn to two-year contract”. MLB.com Dodgers Press Release (2012年12月12日). 2014年7月22日閲覧。
  5. Ken Gurnick (2012年12月12日). “Dodgers sign Gwynn to two-year contract”. MLB.com. 2014年7月22日閲覧。
  6. Phillies invite four additional players to Spring Training MLB.com
  7. “Phillies finalize Opening Day roster”. MLB.com Phillies Press Release (2014年3月29日). 2014年3月30日閲覧。
  8. “Phillies Transactions”. MLB.com Phillies Press Release (2014年7月21日). 2014年7月22日閲覧。
  9. Joey Nowak (2014年7月28日). “Phillies release outfielder Gwynn”. MLB.com. 2014年7月29日閲覧。
  10. MLB公式プロフィール参照。2017年5月12日閲覧。
  11. Weisman, Jon (2016年2月25日). “Tony Gwynn Jr., Tim Cates join Dodger Talk team”. dodgers.com. 2017年5月12日閲覧。
  12. “Tony Gwynn Jr. joins San Diego Padres broadcast team”. USA Today. (2017年2月28日). https://www.usatoday.com/story/sports/mlb/2017/02/28/tony-gwynn-jr-joins-san-diego-padres-broadcast-team/98548020/ 2017年5月12日閲覧。

関連項目

外部リンク

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