トム・エバンス (野球)

トーマス・ジョン・エバンス(Thomas John Evans , 1974年7月9日 - )は、アメリカ合衆国ワシントン州出身の元プロ野球選手(内野手)。

トム・エバンス
Tom Evans
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ワシントン州カークランド[1]
生年月日 (1974-07-09) 1974年7月9日(49歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手
プロ入り 1992年 MLBドラフト4巡目
初出場 MLB / 1997年9月2日
NPB / 2001年6月20日
最終出場 MLB / 2000年5月10日
NPB / 2002年10月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

MLB時代

1992年のMLBドラフト4巡目(全体の121番目)でトロント・ブルージェイズに指名され契約。

1997年にメジャー初昇格。

2000年はテキサス・レンジャーズプレーした。

2001年はシーズン当初デトロイト・タイガース傘下の3Aトレド・マッドヘンズでプレーしていた。

阪神時代

2001年6月に阪神タイガースに入団。背番号は前年まで新庄剛志がつけていた「5」。その年は30安打、2本塁打と打撃成績は芳しくなかったものの守備固め等で活躍し練習態度も真面目だったこともあり残留[1]。

2002年は背番号を「59」に変更するもジョージ・アリアス、トレイ・ムーア、マーク・バルデスが一軍に固定され残り一枠をデリック・ホワイト、バディ・カーライル、グレッグ・ハンセルと争う形になってしまい結局一軍出場がなかった[1]。

西武時代

2002年5月に橋本武広との交換トレードで西武ライオンズに移籍[1]。

阪神ではほとんど実績を残せていなかったため獲得を疑問視する声もあったが、西武では前年アレックス・カブレラとツインバズーカで活躍したスコット・マクレーンが故障で離脱した穴を埋め、阪神時代には見られなかった勝負強い打撃と長打力を見せ、リーグ優勝に貢献した。読売ジャイアンツとの日本シリーズでは最後の打者になっている(河原純一から三振)。

しかしシーズン終盤にマクレーンがチームに復帰、さらに当時在籍していた他の外国人選手も軒並み複数年契約期間中で、エバンスの翌期一軍出場は難しいと判断され、同年限りで自由契約となった[1]。

西武退団後

2005年は禁止薬物に陽性反応を示し、マイナーリーグの15試合の出場停止処分を受けた。

2006年はメキシカンリーグでプレーし、同年限りで現役引退。

詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1998 TOR 1241387112011620100201210.289.341.421.763
1999 711100000000000010020.000.091.000.091
2000 TEX 236754101540019503111001131.278.394.352.746
2001 阪神 39148124730402401410012102367.242.358.323.681
2002 西武 782942423761141151224503024228932.252.378.504.882
MLB:3年 42119102172660135704111302252.255.347.343.691
NPB:2年 117442366449118117162591303632101299.249.371.443.814

記録

NPB

背番号

  • 6 (2000年)
  • 5 (2001年)
  • 59 (2002年 - 同年途中)
  • 34 (2002年途中 - 同年終了)

脚注

  1. プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、92ページ

関連項目

外部リンク

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