ナントゥイユ=ル=オドゥアン
ナントゥイユ=ル=オドゥアン (Nanteuil-le-Haudouin)は、フランス、オー=ド=フランス地域圏、オワーズ県のコミューン。
| Nanteuil-le-Haudouin | |
|---|---|
![]() ![]() | |
| 行政 | |
| 国 |
|
| 地域圏 (Région) | オー=ド=フランス地域圏 |
| 県 (département) |
オワーズ県 |
| 郡 (arrondissement) | サンリス郡 |
| 小郡 (canton) | ナントゥイユ=ル=オドゥアン小郡 |
| INSEEコード | 60446 |
| 郵便番号 | 60440 |
| 市長(任期) |
ジル・セリエ[1] (2014年 - 2020年) |
| 自治体間連合 (fr) | fr:Communauté de communes du pays de Valois |
| 人口動態 | |
| 人口 |
3891人 (2014年) |
| 人口密度 | 186人/km2 |
| 住民の呼称 | Nanteuillais |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯49度08分33秒 東経2度48分41秒 |
| 標高 |
平均:m 最低:78m 最高:128 m |
| 面積 | 20.95km2 |
![]() Nanteuil-le-Haudouin | |
| 公式サイト | mairie-nanteuillehaudouin.fr/ |
地理
ナントゥイユ=ル=オドゥアンは、パリとソワソンの中間に位置し、パリから約50km離れている。
コミューンにはナントゥイユ=ル=オドゥアン駅があり、ラ・プレーヌ-イルソン路線、トランジリアンK線、TERピカルディーの路線が停車する。
由来
nantoはガリア語で谷を意味し、ialoは一掃することを意味する。
歴史

第一次世界大戦中に爆撃され破壊されたナントゥイユ=ル=オドゥアン駅
アンシャン・レジーム時代、ナントゥイユには同名の城があった。この城を所有していたのはギーズ家と、フランス元帥アンリ・ド・ションベールであった。城はフランス革命さなかの1794年に解体されている。
ナントゥイユ=ル=オドゥアンの名は、ルノーが製造したタクシー用車両で、第一次世界大戦開戦時にその名が知られたタクシ・ド・ラ・マルヌ(fr、1914年9月、パリ防衛のため歩兵旅団兵士たちを輸送した)によってフランス史と結びついている。
1940年のナチスドイツのフランス侵攻において、ナントゥイユ=ル=オドゥアンは爆撃されている。
人口統計
| 1962年 | 1968年 | 1975年 | 1982年 | 1990年 | 1999年 | 2005年 | 2014年 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1716 | 1712 | 1959 | 2285 | 2672 | 3126 | 3233 | 3891 |
参照元:1962年から1999年までは複数コミューンに住所登録をする者の重複分を除いたもの。それ以降は当該コミューンの人口統計によるもの。1999年までEHESS/Cassini[2]、2006年以降INSEE[3][4]。
史跡
サン・ピエール教会
旧病院付属礼拝堂
かつて小さなノネット川が流れていた古い堀
古い橋
20世紀初頭に撮影されたノートルダム・デ・マレ礼拝堂
姉妹都市
アルトドルフ・ベイ・ベーブリンゲン、ドイツ
脚注
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