ニコラオス・カナボス

ニコラオス・カナボス (ギリシア語: Νικόλαος Καναβός 1204年2月8日没) は、1204年1月末に一時的にビザンツ皇帝に選出された人物。第4回十字軍の傀儡であるイサキオス2世アンゲロスとアレクシオス4世アンゲロスに対抗して、元老院、聖職者、コンスタンティノープル住民によって1月25日もしくは27日に推戴された[1]。ニコラオスは若い貴族で、おそらくアンゲロス家の一員であった[2]。彼に帝位が巡ってきたのは、3日前から何人かの人物が帝位に推されたものの皆が固辞したためであった。ニコラオスも民衆に推戴されたが、帝権を受け入れることを拒み、ハギア・ソフィア大聖堂の中に逃げ込んだ。一方、イサキオス2世とアレクシオス4世を退位させたアレクシオス・ドゥーカスは、自分に行政権をもつ卓越した地位を与えるようニコラオスに要求したが、ニコラオスはこれも断固として拒否した。2月8日、ニコラオス・カナボスは大聖堂から引き出され、その大理石でできた飾り階段の上で絞殺された[3]。

ニコラオス・カナボス
Νικόλαος Καναβός

在位期間
1204年
先代 イサキオス2世アンゲロス、アレクシオス4世
次代 アレクシオス5世ドゥーカス

出生 不明
死亡 1204年2月8日

同時代の歴史家ニケタス・コニアテスは、ニコラオス・カナボスは親切で上品かつ知的な人物だったとしている。

脚注

  1. Chambers's Encyclopaedia, vol. II, London, 1868, p. 471 ; Busk, William, Mediaeval Popes, Emperors, Kings, and Crusaders, Or, Germany, Italy, and Palestine, From A.D. 1125 to A.D. 1268, vol. III, London, 1856, p. 35.
  2. Cheynet, Jean-Claude, Pouvoir et contestations à Byzance (963–1210), Paris, 1990, p. 142.
  3. Phillips, Jonathan. The Fourth Crusade and the Siege of Constantinople. 2004. pp. 222–226.

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.