ネルソン・マンデラ国立博物館
ネルソン・マンデラ国立博物館 (Nelson Mandela National Museum) は、通称マンデラハウス (Mandela House) と呼ばれる、南アフリカ、ソウェトにある建物であり、1946年から1962年にかけてネルソン・マンデラが住んでいた。大主教を務めたデズモンド・ムピロ・ツツの家からもほど近い[1]。
Nelson Mandela National Museum | |
|---|---|
![]() マンデラハウスの部屋の1つ | |
![]() Greater Johannesburg内の位置 | |
| 施設情報 | |
| 専門分野 | ヨハネスブルグの歴史遺産 |
| 開館 | 1997年 |
| 所在地 |
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| 外部リンク | Website of the Mandela House Museum |
| プロジェクト:GLAM | |
マンデラが1997年9月1日に自身が設立した団体「ソウェトヘリテージトラスト」に寄付してから、博物館として運営されている。1999年にはナショナルヘリテージサイトとされた[2]。
特徴

1945年に建設され、赤い煉瓦づくりの小さな1階建ての建物である。壁には弾丸による穴が空いており、玄関には火焔瓶による襲撃で出来た跡が残っている。内部には、家具のほか、写真などの記念品、ネルソン・マンデラへの出廷命令、シュガー・レイ・レナードからマンデラに贈られた世界選手権のベルトがある[3]。
また、ビジターズセンターと小さな博物館を併設する[4]。
1999年、ソウェトは1997年12月にマンデラハウスがオープンしたことも影響し、南アフリカの人気観光地の16位となった[5]。
歴史
マンデラは1990年に刑務所から釈放された後、もっと安全な家に住むべきだという政府の提案があったにもかかわらず、この家に戻った。ソウェトに迎えられた際に彼は「やっと我が家に戻ってきたのだ」と述べている[6]。しかし、家に戻ってからわずか11日後に、彼は引っ越した[7]。
彼は後に自伝で以下のように書いている:
その晩、わたしはウィニーといっしょに、オーランド・ウェスト八一一五番地へ帰った。そこでようやく、刑務所から出られたのだという実感を味わうことができた。八一一五番地は、わたしにとって世界の中心地であり、心のなかの地図で×印を付けてある地点だった[8]。
マンデラの邸宅
南アフリカの大統領、マンデラの私邸は、ヨハネスブルグのホートンエステートにあり、彼の死後、ジンジ・マンデラ・ファミリートラストのもとにわたっている[11]。
出典
- “Mandela museum house reopens”. The Times. 2009年3月21日閲覧。
- “Big facelift for Mandela home”. The Citizen. 2009年3月21日閲覧。
- “Museum opens at Mandela's Soweto home”. Associated Press (via Google). 2009年3月15日閲覧。
- “Mandela House opens in Soweto”. Joburg.org.za. 2009年3月21日閲覧。
- Fisher, Ian (1999年9月24日). “Soweto Journal; Where Apartheid Ruled, Tourists Are Swarming”. The New York Times 2009年3月15日閲覧。
- Burns, John F. (1990年2月15日). “Mandela's Day: Exercise and Uproar”. The New York Times 2018年3月3日閲覧。
- “Mandela's home now the nation's heritage”. The Star. 2009年3月21日閲覧。
- ネルソン・マンデラ『自由への長い道――ネルソン・マンデラ自伝』下巻、東江一紀訳、日本放送出版協会、1996年、371ページより引用。
- “Mandela's house gets facelift”. The Star. 2009年3月15日閲覧。
- “Mandela home opened as museum”. Independent Online. 2018年3月3日閲覧。
- Cox, Anna (2014年1月20日). “Squatters occupy Mandela mansion”. IOLnews 2014年6月19日閲覧。
外部リンク
- Mandela House
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