ハビエル・パレデス

ハビエル・パレデスJavier Paredes Arango, 1982年7月5日 - )はスペインアストゥリアス州オビエド出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)。

ハビエル・パレデス
名前
本名 ハビエル・パレデス・アランゴ
Javier Paredes Arango
ラテン文字 Javier Paredes
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1982-07-05) 1982年7月5日(41歳)
出身地 オビエド
身長 175cm
体重 77kg
選手情報
ポジション DF
利き足 左足
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

経歴

初期の経歴とヘタフェ

地元のレアル・オビエドからデビューしたが、オビエドは2002-03シーズン終了後にセグンダ・ディビシオン(2部)からセグンダ・ディビシオンB(3部相当)に降格となり、パレデスはセグンダ・ディビシオンBのレアル・マドリード・カスティージャに移籍して2シーズンプレーした。2005年にはヘタフェCFに移籍し、8月28日のレアル・ソシエダ戦 (2-0) でプリメーラ・ディビシオン(1部)デビューを飾った。マリアーノ・ペルニアが左サイドバックのレギュラーであり、2005-06シーズンは7試合に出場しただけだったが、2006年夏にペルニアがアトレティコ・マドリードに移籍したため、パレデスが絶対的なレギュラーとなった。

サラゴサ

2007年夏、レアル・サラゴサと5年契約を交わした[1]。当初はフアンフランの控えであり、シーズン中にフアンフランを押しのけて定位置を獲得したが、迷走を続けたクラブは2007-08シーズン終了後にセグンダ・ディビシオン降格となった。2008-09シーズンもレギュラーポジションを維持し、1シーズンでのプリメーラ・ディビシオン昇格を果たした。2009年夏にはイヴァン・オブラドヴィッチが加入し、2009-10シーズンは20試合の出場に留まったが、最も多く起用された左サイドバックであり続けた。2010年夏にはホセ・アウレリオ・ガイ監督に余剰戦力とみなされ、練習への参加を制限された。9月初旬の練習中、パレデスとガイ監督は乱闘寸前の激しい口論となり[2]、パレデスはクラブから出場停止処分を受けた[3]。11月にはガイ監督が解任されてメキシコ人のハビエル・アギーレ監督が就任し、パレデスはチームに復帰してレギュラーに返り咲いた。2011-12シーズンは左サイドバックではなくセンターバックとして起用されることが多かった。

アルバセテ

2015年1月、アルバセテ・バロンピエとの契約を締結[4]

所属クラブ

脚注

  1. Zaragoza snap up Paredes UEFA.com、2007年6月26日
  2. Paredes se revuelve contra Gay al término del entrenamiento El Periódico de Aragón、2010年9月3日 (スペイン語)
  3. El Real Zaragoza abre un expediente disciplinario a Javier Paredes El Periódico de Aragón、2010年9月3日 (スペイン語)
  4. Rojas abre paso a Paredes, nuevo jugador del Albacete”. VAVEL España (2015年1月9日). 2016年4月24日閲覧。(スペイン語)

外部リンク

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