ハミドゥル・フク・チョードリー

ハミドゥル・フク・チョードリー(Hamidul Huq Chowdhury、ベンガル語: হামিদুল হক চৌধুরী、ウルドゥー語: حمید الحق چودھری‎、 1901年-1992年)は、パキスタンおよびバングラデシュの政治家。彼が創刊した英字新聞『パキスタン・オブザーバー (The Pakistan Observer)』は、バングラデシュ独立戦争後に『バングラデシュ・オブザーバー (The Bangladesh Observer)』と改題した。彼はダッカとカルカッタ(コルカタ)で教育を受け、法律家、政治家、新聞経営者としての経歴を積んだ。

ハミドゥル・フク・チョードリー
第4代 外務大臣
任期
1955年9月28日 – 1956年9月12日
首相チャウドリー・ムハンマド・アリー
前任者ムハンマド・アリー・ボーグラー
後任者マーリク・フィーローズ・ハーン・ヌーン
個人情報
生誕 (1901-08-25) 1901年8月25日
イギリス領インド帝国の旗 イギリス領インド帝国 フェニー県(現在のバングラデシュの旗 バングラデシュ)
死没1992年1月18日(1992-01-18)(90歳)
バングラデシュの旗 バングラデシュ ダッカ
国籍イギリス領インド帝国の旗 イギリス領インド帝国(1901年–1947年)
パキスタンの旗 パキスタン(1947年–1978年))
バングラデシュの旗 バングラデシュ(1978年–1992年)
政党全インド・ムスリム連盟
クリシャク・スラミク党
United Front
出身校カルカッタ大学

生い立ち

ハミドゥル・フク・チョードリーは、1901年に、イギリス領インド帝国(現在のバングラデシュ)フェニー県ダガンブイヤン (Daganbhuiyan) 郡ラムナガー (Ramnagar) 村に生まれた[1]。

ハミドゥル・フクは、ダッカのダッカ・カレジエイト・スクールを経て、カルカッタのプレジデンシー・カレッジに学び、さらにカルカッタ大学の法科大学院 (the Law College) に進んだ[1]。学位を得た彼は、カルカッタで法律家としての実務に就いた[1]。


経歴

1937年、ハミドゥル・フクは、ベンガル立法評議会の議員に選ばれ、副議長を務め、1946年にも議員に再選された。在職中、ハミドゥル・フクは、ベンガル帝国農業委員会 (the Bengal Imperial Agriculture Council)、中央サトウキビ委員会 (Central Sugarcane Committee)、手織り物委員会 (Handloom Board)、織物管理委員会 (Textile Control Board)、産業開発諮問委員会 (Industrial Development Enquiry Committee) の委員を歴任し、1947年にはカルカッタ大学のフェローとなった。ハミドゥル・フクは、全インド・ムスリム連盟を代表して、ザー・セシル・ラドクリフの下に置かれた境界線委員会 (Boundary Commission) に参加した。

1947年に要請を受けたフクは、家族とともに東パキスタンへ移り住んだ。ハミドゥル・フクは、『パキスタン・オブザーバー』を1949年3月11日に創刊した[1]。彼は、パキスタン立憲議会の議員に選出され、同時に東ベンガル立法議会の議員にもなり、議員在職中には財務・商業・労働・産業大臣 (the Minister for Finance, Commerce, Labour & Industries)(1947年–1949年)も務めた。その後、ハミドゥルは、1955年にクリシャク・スラミク党の党首として(パキスタン国民議会議員に選出され[1]、チャウドリー・ムハンマド・アリー内閣の外務大臣 (パキスタン)を務めた[2]。ハミドゥル・フクは、1969年にラーワルピンディーで開催された、パキスタン政府と野党指導者たちの円卓会議 (the Round Table Conference) に参加した。1972年のバングラデシュの独立直前に西パキスタンへ移り住んだため、バングラデシュ政府は彼の市民権を無効にした。彼は、1978年にジアウル・ラフマン政権下のバングラデシュ政府から帰国を許された[1]。


脚注

  1. “Chowdhury, Hamidul Haq”. en.banglapedia.org. Banglapedia. 2016年3月9日閲覧。
  2. Zaman, Habibuz (1999) (英語). Seventy Years in a Shaky Subcontinent. Janus Publishing Company. p. 177. ISBN 978-1-85756-405-1. https://books.google.com/books?id=6phSu0SDeY0C

関連文献

公職
先代
ムハンマド・アリー・ボーグラー
外務大臣 (パキスタン)
1955年 – 1956年
次代
マーリク・フィーローズ・ハーン・ヌーン
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