ハローフーヅ

ハローフーヅは、過去に存在した愛知岐阜両県下で展開するスーパーマーケットチェーン[6][7]

有限会社丸正[1][2]

株式会社丸正[1]

ハローフーヅ株式会社[1]
hallo FOODS Co., Ltd.
種類 株式会社[1]
略称 ハローフーヅ
本社所在地 日本の旗 日本
458-0021<
愛知県名古屋市緑区滝ノ水3-301
設立 1957年昭和32年)11月4日[1]
業種 小売業
事業内容 スーパーマーケット
代表者 代表取締役会長 石田茂之
(コノミヤとの合併直前時点)[3]
代表取締役社長 姫野輝之
(コノミヤとの合併直前時点)[3]
資本金 1000万円
(株式会社丸正鳴子店設立時点)[1]

12億77万円
(1997年(平成9年)2月期末時点)[1]

16億8377万円
(2002年(平成14年)2月期末時点)[2]
従業員数 720名
外部リンク ウェブサイト(閉鎖済)
特記事項:2011年(平成23年)8月1日[4]コノミヤに吸収合併されて同社東海事業本部となった[5]

愛知県名古屋市緑区本社のハローフーヅ株式会社が経営をしていたが、2011年(平成23年)8月1日に[4]大阪地盤のスーパー・コノミヤに吸収合併されて同社東海事業本部となった[5]

歴史・概要

1949年(昭和24年)に鳴海町で乾物店を個人創業したのが始まりである[8][2]

1957年(昭和32年)11月4日に「有限会社丸正」に改組し[1][2]、1965年(昭和40年)9月に資本金1000万円で「株式会社丸正鳴子店」を設立した[8][2]。 同年10月に「合資会社石田」を合併して[1]、同年12月に「株式会社丸正」に商号を変更した[8]

1970年(昭和45年)5月に「株式会社中部スーパーマーケットチェーン」を設立し[9]、1973年(昭和48年)3月に「ハローフーヅ」を商標登録して店名を統一した[9]

なお、法人名としての「ハローフーヅ」は、1977年(昭和52年)8月に生鮮食品の加工・卸を行う関連会社として設立した「(初代)株式会社ハローフーヅ」が当社より先に使用している[9]

1979年(昭和54年)7月に額面変更の目的で「(2代目)株式会社ハローフーヅ」(1948年(昭和23年)9月設立)に合併し、当社が法人名としての「ハローフーヅ」を用いるようになった[8]

1980年(昭和55年)11月に「大蒲店」を改装して「ピックワン北店」として新装開店し、小型ディスカウントストアのチェーン展開を開始した[10]

その後、1985年(昭和60年)12月に「緑開発株式会社」、1990年(平成2年)1月に「東海ピーコック株式会社」を合併している[8][2]

1997年(平成9年)2月期末時点ではスーパーマーケット27店とディスカウントストア11店の合計38店舗を運営していた[1]

その後、2002年(平成14年)2月期末時点で合計33店舗[2]と減少したが、2008年(平成20年)9月時点でスーパーマーケット28店とディスカウントストア8店の合計36店舗となっていた[11]

しかし、業績の悪化に伴ってリサ・パートナーズが設立した投資ファンドから[12]2008年(平成20年)6月に出資を受け[11]、同年にディスカウント店7店を同業のドン・キホーテに売却することを決定すると共に同年10月に4店舗を閉鎖するなど[11]、事業再建を進めることになって店舗網を再編[12]、2011年(平成23年)6月期末時点で食品スーパー25店舗となった[7]

再建策が一段落したことから、2010年(平成22年)11月に金融機関を通して事業統合を打診[4]

2011年(平成23年)4月7日にコノミヤが当社との経営統合で合意したと発表し[6]、同年7月7日にリサ・パートナーズからハローフーヅの全株式を取得して[4]、同年8月1日に[4]コノミヤに吸収合併されて同社東海事業本部となった[5]

この経営統合に伴い元社長で[1]会長を務めていた石田茂之は当社を退任する[3]と共に、CGCグループの東海地区法人「東海シジシー」の会長も2011年(平成23年)5月7日に退任した[13]

また、コノミヤとの合併直前には全店舗の3分の2で24時間営業を行っていたが、効率化の観点から廃止されることになった[3]

年表

  • 1949年昭和24年) - 鳴海町で乾物店を個人創業[8][2]
  • 1957年(昭和32年)11月4日 - 「有限会社丸正」に改組[1][2]
  • 1965年(昭和40年)
    • 9月 - 資本金1000万円で「株式会社丸正鳴子店」を設立[14][8][2]
    • 10月 - 「合資会社石田」を合併[1]
    • 12月15日 - 「株式会社丸正」に商号を変更[15]
  • 1970年(昭和45年)5月 - 「株式会社中部スーパーマーケットチェーン」を設立[9]
  • 1973年(昭和48年)3月 - 「ハローフーヅ」を商標登録し、店名を統一[9]
  • 1977年(昭和52年)8月 - 「(初代)株式会社ハローフーヅ」(生鲜食品の加工・卸)を設立[9]
  • 1979年(昭和54年)7月 - 額面変更の目的で「(2代目)株式会社ハローフーヅ」(1948年(昭和23年)9月設立)に合併[8]
  • 1980年(昭和55年)11月 - 「ピックワン北店」を開店し、小型ディスカウントストアのチェーン展開を開始[10]
  • 1985年(昭和60年)12月 - 「緑開発株式会社」を合併[8][2]
  • 1990年(平成2年)1月 - 「東海ピーコック株式会社」を合併[8][2]
  • 2008年(平成20年)
    • 6月[11] - リサ・パートナーズが設立した投資ファンドから出資を受ける[12]
    • 10月 - ハロードゥインターナショナル名東店とハローフーヅ野並店、コンツネ中村店、ビッグワン平針店を閉鎖[11]
  • 2011年(平成23年)
    • 4月7日 - コノミヤが当社との経営統合で合意したと発表[6]
    • 6月20日 - コノミヤと合併契約を締結[4]
    • 7月7日 - コノミヤが全株式を取得[4]
    • 8月1日[4] - コノミヤに吸収合併されて同社東海事業本部となる[5]。同時に24時間営業を廃止[3]

店舗業態

「ハローフーヅ」の店舗例。天白店(愛知県名古屋市天白区、2022年10月)
  • ハローフーヅ - 近郊客を顧客とする食品スーパー[7]
  • ハロードゥインターナショナル - 国内外の高級食材を集め、高級スーパーとしては名古屋の草分け的存在[11]
  • マルショウ - 食品スーパー[16]
  • コンツネ - 食品スーパー[11]
  • 坂下屋 - 食品スーパー[9]
  • ビッグワン - ディスカウント店[11]。2008年(平成20年)9月時点で8店を展開していたが、同年10月に平針店を閉鎖し、7店を同業大手のドン・キホーテに売却することを決定して撤退することになった[11]。(株式会社ディーパルとの新設分割会社「ビッグワン株式会社」に分離、2008年10月15日に株式会社ドン・キホーテが買収[17]。)
  • ピーコック - 1990年(平成2年)1月に「東海ピーコック株式会社」を合併[8][2]

店舗

緑区
  • 鳴海店(緑区鳴海町花井町6[15][18]、1958年(昭和33年)11月開店[19] - ?閉店)
売場面積560m2[19] → 約900m2[15]
  • ハローフーヅ鳴子店(緑区鳴子町4-13[9]、1965年(昭和40年)10月3日開店[19] - ?閉店)
店舗面積663m2[16]
  • 左京山店(緑区鳴海町左京山字手越99[15][20]、1967年(昭和42年)7月開店[20][15] - 1981年(昭和56年)3月閉店[21]
売場面積330m2[20] → 約299m2[15]
  • ハローフーヅ向田店(緑区鳴海町字向田275[14]、1978年(昭和53年)4月開店[14] - ?閉店)
店舗面積498m2[14]
  • コパン・インターナショナル・スポーツクラブ緑(緑区鳴海町字向田275[22]
  • ハローフーヅ桃山店(緑区鳴海町桃山1-8[14]、1977年(昭和52年)3月開店[14] - ?閉店)
店舗面積329m2[14]
  • ハローフーヅ東ケ丘店(緑区鳴海町宇境松23-10[14]、1977年(昭和52年)4月開店[14] - ?閉店)
店舗面積755m2[14]
  • ハローフーヅ有松店(緑区鳴海町字有松裏46-1[15]、1967年(昭和42年)12月開店[15] - ?閉店)
店舗面積606m2[15]
  • マルショウ(緑区[23]、1982年(昭和57年)5月開店[23] - ?閉店)
店舗面積231m2[23]
  • ハローランド(緑区[16]、1985年(昭和60年)11月開店[16] - ?閉店)
店舗面積1,378m2[16]
  • 滝ノ水店(緑区滝ノ水3-301[24]、1996年(平成8年)4月26日開店[25] - ?閉店)
鉄骨造・延べ床面積7,934m2[24]、店舗面積6,641m2[24](直営店舗面積3,306m2[24])。
天白区
  • ハローフーヅ天白店(天白区天白町大字島田字植田前773-1[14]、1972年(昭和47年)8月開店[14] -)
店舗面積479m2[14]。数少ない「HALLO FOODS」の表記が残る店舗
  • ハローフーヅ平針店[14] → ビッグワン平針店[11](天白区平針宇向の山1685-118[14]、1976年(昭和51年)6月開店[14] - 1983年(昭和58年)7月ビッグワン平針店[16] - 2008年(平成20年)10月閉店[11]
店舗面積667m2[14]
  • べりーぐっど(天白区[16]、1983年(昭和58年)12月開店[16] -)
店舗面積495m2[16]
  • ハローフーヅ野並店(天白区中坪町[26]、1977年(昭和52年)4月開店[26] - 2008年(平成20年)10月閉店[11]
店舗面積377m2[26]
瑞穂区
店舗面積308m2[14]
  • ハローフーヅ中根店(瑞穂区白砂町2-7[14]、1976年(昭和51年)8月開店[14] - ?閉店)
店舗面積353m2[14]
南区
  • ハローフーヅ桜本町店(南区新郊通3-26[15]、1973年(昭和48年)4月開店[15] - ?閉店)
店舗面積539m2[15]
  • 浜田店(南区浜田町2-4-5[15]、1971年(昭和46年)9月24日開店[27] - 1981年(昭和56年)2月閉店[21]
店舗面積346m2[15]
中区
  • デイバイデイ(中区[16]、1983年(昭和58年)9月開店[16] - ?閉店)
店舗面積462m2[16]
  • コパン・インターナショナル・スポーツクラブ栄[28](中区錦三丁目栄町ビル西館6階から8階[29]、1988年(昭和63年)2月1日開店[29] - ?閉店)
施設面積約1,000m2[29]
名東区
  • ハロードゥインターナショナル名東店(名東区よもぎ台2-818[30]、1984年(昭和59年)4月開店[11] - 2008年(平成20年)10月閉店[11]
店舗面積1,462m2[30]、延べ床面積約3,259m2[30]。直営店舗面積581m2[30]
国内外の高級食材を集め、高級スーパーとしては名古屋の草分け的存在[11]
第1回名古屋市都市景観賞を受賞した[31]
  • FC・プラザ(名東区[16]、1982年(昭和57年)6月開店[16] - ?閉店)
店舗面積828m2[16]
千種区
店舗面積650m2[16]
北区
店舗面積299m2[14]
  • 坂下屋大蒲店 → 大蒲店(北区会所町224[9]、?開店 - 1980年(昭和55年)11月閉店[21]
店舗面積430m2[14]
改装して「ビックワン北店」として新装開店[10]
  • ビックワン北店(北区[23]、1980年(昭和55年)11月新装開店[10] - ?閉店)
店舗面積430m2[23]
「大蒲店」を改装して小型ディスカウントストアとして新装開店[10]
店舗面積726m2[16]
東区
  • 坂下屋大松店 → 大松店(東区百人町25[14]、1974年(昭和49年)6月開店[14] - 1981年(昭和56年)1月閉店[21]
店舗面積173m2[14]
西区
店舗面積479m2[14]
中村区
  • コンツネ中村店(名古屋市中村区[11]、?開店 - 2008年(平成20年)10月閉店[11]

豊明市

売場面積280m2[19] → 約228m2[15]
  • ハローフーヅ豊明店(豊明市二村台4-15-2[14]、1973年(昭和48年)8月開店[14] -)
店舗面積609m2[14]
数少ない「HALLO FOODS」の表記が残る店舗
  • コパン・インターナショナル・スポーツクラブ豊明(豊明市二村台[28]
  • ハローフーヅ桜ヶ丘店(豊明市栄町大蔵下81[14]、1970年(昭和45年)6月開店[9] - ?閉店)
店舗面積214m2[14]
  • ハローフーヅ沓掛店(豊明市[23]西川町島原、1980年(昭和55年)4月開店[23] - ?閉店)
店舗面積600m2[23]

春日井市

店舗面積611m2[16]

丹羽郡

  • ハローフーヅ扶桑店(丹羽郡扶桑町大字高雄字酉ノ川272[14]、1977年(昭和52年)8月11日開店[34] - ?閉店)
売場面積1,218m2[34]、駐車場200台[34]
愛知県道64号一宮犬山線沿いに出店していた[34]

旧愛知郡

  • ハローフーヅ日進店(愛知郡日進町大字藤枝字前田5-1[14](現・日進市)、1978年(昭和53年)2月開店[35][14] - ?閉店)
店舗面積784m2[14]
愛知ヤクルト工場に隣接。跡地は、エルシエロ日進 太陽の館というマンション。
  • ハローフーヅ東郷店(愛知郡[23]、1979年(昭和54年)11月開店[23] - ?閉店)
店舗面積418m2[23]

知多

  • ハローフーヅ東浦駅前店(知多郡東浦町大字藤江字大坪13-1[14]、1976年(昭和51年)3月開店[16] - ?閉店)
店舗面積610m2[14]
(2代目)ハローフーヅ東浦店(知多郡東浦町大字生路字池下61-9)が1994年(平成6年)4月に開店した[36]
  • 東浦店(知多郡東浦町大字森岡字前田55-1[14]、1974年(昭和49年)10月開店[9] - ?閉店)
店舗面積655m2[14]
  • ハロードゥ武豊店(知多郡武豊町字瀬木2[37]、1990年(平成2年)9月22日開店[37]
敷地面積9,383m2[37]、SC店舗面積3,700m2[38](当社店舗面積500m2[38])。駐車台数約400台[38]
ドミー(店舗面積1,400m2)と共に[38]「ショッピングセンターたけとよ(TAK21)」の核店舗として出店したref name="food-retaling-1990-12-140"/>。
  • ハローフーヅ東海店(東海市[23]、1980年(昭和55年)11月開店[23] - ?閉店)
店舗面積751m2[23]

三河

  • ハローフーヅ三好店(西加茂郡三好町大字三好字小坂42[39](現・みよし市)、1971年(昭和46年)11月2日開店[39] - ?閉店)
敷地面積約10,758m2[39]、鉄骨造地上2階建て[39]、延べ床面積約8,302m2[39]、店舗面積約4,055m2[39](当社店舗面積約673m2[39])、駐車台数約280台[39]
「衣料のイシカワ」(約500m2)と共に「三好ショッピングセンター」の核店舗として出店していた[39]
店舗面積673m2[16]
  • ハローフーヅ青木店(豊田市青木町4-57[40]、1981年(昭和56年)11月13日開店[40] - ?閉店)
敷地面積約8,863m2[40]、鉄骨造地下1階地上1階建て[40]、延べ床面積約17,233m2[40]、店舗面積約2,029m2[40](当社店舗面積約379m2[40])、駐車台数約250台[40]
豊田第一共同ショッピングセンターに出店していた[41]
  • ハローフーヅ永覚店(豊田市永覚新町[41]、1981年(昭和56年)3月開店[41] - ?閉店)
サンシャイン永覚(店舗面積2,072m2)に出店していた[41]
  • ハローフーヅ知立店(知立市中町90番地[42]、1983年(昭和58年)11月18日開店[42] - ?閉店)売り場面積1566
鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階地上14階建て[42]・延べ床面積4,832m2[42]、店舗面積577m2[16]
商店街の一角に建設された住宅付きの下駄ばきマンションの下層階に造られた、小規模な地元主導型ショッピングセンター「ショッピングプラザ・銀座ラブ」(店舗面積約1,056m2)の核店舗として出店した[42]
  • ハローフーヅ牛田店(知立市南陽町[16]、1985年(昭和60年)1月開店[16] - ?閉店)
店舗面積724m2[16]
売場面積490m2[19]
  • ハローランド東刈谷店(刈谷市東刈谷町2-4-3[43]、1991年(平成3年)11月19日開店[43] - ?閉店)
鉄骨造2階建て・延べ床面積5,757m2[44]、店舗面積3,787m2[43]

岐阜県

  • ハローフーヅ鵜沼店(各務原市鵜沼東町2-144[45]、1978年(昭和53年)7月22日開店[45] - ?閉店)
敷地面積約5,324m2[45]、鉄筋コンクリート造2階建て[45]、延べ床面積約4,446m2[45]、店舗面積約3,784m2[45](直営店舗面積約832m2[45])、駐車台数約200台[45]
2階建て[46]、店舗面積1,404m2[46]
国道21号線沿いに三洋建築開発がデベロッパーとして開発した「鵜沼ショッピングセンター」の核店舗として1階の1,280m2と2階の124m2に出店した[46]
店舗面積1,074m2[14]
  • コパン・インターナショナル・スポーツクラブ可児(可児市広見[22]
  • ハローフーヅ可児店(可児市中恵土2359−490[47]、?開店 - ?閉店)
鉄骨造3階建て・延べ床面積6,953m2[47]、店舗面積4,740m2[47](直営店舗面積3,818m2[47])。
  • ハローフーヅ美濃加茂店(美濃加茂市太田町城房3593-1[48]、1996年(平成8年)10月開店[48]
店舗面積1,537m2[48]、延べ床面積約2,074m2[48]。直営店舗面積1,537m2[48]
  • コパン・インターナショナル・スポーツクラブ多治見(多治見市[22]

関連会社

  • 蜂須賀屋酒店 - 1964年(昭和39年)2月設立[16]、持株比率100%[16]、名古屋市南区[16]、酒類販売[16]
  • ハロー園 - 1975年(昭和50年)5月設立[26]
  • アサヒ物産 - 1975年(昭和50年)6月設立[23]、持株比率100%[23]、愛知県西春日井郡[16]、めん類等の製造・販売[16]
  • 丸正産業 - 1977年(昭和52年)4月設立[26]
  • ハッピー・アンド・ハロー) - 1977年(昭和52年)4月設立[23]、食品宅配[23]、持株比率100%[23]
  • 緑開発(名古屋市緑区鳴海町向田275[22]) - 1977年(昭和52年)6月設立[23]、持株比率100%[23]
  • アニーズ - 1979年(昭和54年)11月設立[23]、高級総菜製造[49]、名古屋市[49]
  • ヴァンサンヌ - 1984年(昭和59年)3月設立[16]、持株比率75%[16]、名古屋市名東区[16]、飲食店[16]

関連項目

脚注

  1. 『会社総鑑 店頭・未上場会社版 1998年版 下巻』 日本経済新聞社、1998年5月20日。
  2. 『流通会社年鑑 2003年版』 日本経済新聞社、2002年12月20日。
  3. “ハローフーヅが8月から24時間営業を全廃へ”. 中部経済新聞(中部経済新聞社). (2011年7月23日)
  4. “コノミヤ、ハローフーヅを合併 売上高1000億円へ業容拡大”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2011年6月22日)
  5. “近畿中四国小売流通特集:近畿地区トップに聞く=コノミヤ・芋縄隆史氏”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2011年9月27日)
  6. “コノミヤ、ハローフーヅと7月めどに経営統合で合意”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2011年4月13日)
  7. “コノミヤ、東海進出 「ハローフーヅ」を傘下に”. 大阪日日新聞(新日本海新聞社). (2011年6月11日)
  8. 『日経小売・卸売企業年鑑 2006年版』 日本経済新聞社、2005年12月12日。ISBN 978-4532211158
  9. 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。
  10. “ニュースダイジェスト”. 総合食品 1981年2月号 (総合食品研究所) (1981年2月).pp152
  11. “スーパーを展開するハローフーヅ 名古屋4店閉鎖”. 中日新聞 (中日新聞社). (2008年9月13日)
  12. “コノミヤがハローフーヅ買収、傘下に”. 中部経済新聞(中部経済新聞社). (2011年4月8日)
  13. “東海シジシー、5月7日付役員人事 新社長に寺田憲一郎氏”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2011年5月16日)
  14. 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp262
  15. 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp261
  16. 『流通会社年鑑 1990年版』 日本経済新聞社、1990年11月24日。
  17. 子会社の異動(株式取得)に関するお知らせ
  18. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年。pp261
  19. 『日本スーパーマーケット名鑑 1970年版』 商業界、1970年。pp371
  20. 『日本スーパーマーケット名鑑 1969年版』 商業界、1969年。pp376
  21. 『流通会社年鑑 1982年版』 日本経済新聞社、1981年9月30日。 pp151
  22. “INFORMATION A・C、S・C運営企業概括”. スクール・サイエンス 1988年8月号 (環境工学社) (1988年8月).pp181
  23. 『流通会社年鑑 1984年版』 日本経済新聞社、1983年10月31日。 pp154
  24. “届出情報”. ショッピングセンター 1995年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年7月1日).pp83
  25. 結城義晴 “ネイバーフッドマーケティイング競争「勝者の条件」 ”. 食品商業 2000年2月号 (商業界) (2000年2月).pp24-29
  26. 『流通会社年鑑 1980年版』 日本経済新聞社、1979年11月12日。pp130
  27. 『食品流通の現状と50年代への展開 食品流通年報1974年版』 日本食糧新聞社、1974年5月25日。pp280
  28. “INFORMATION A・C、S・C運営企業概括”. スクール・サイエンス 1988年8月号 (環境工学社) (1988年8月).pp182
  29. “スポーツクラブ 東京証券ビルにオープン”. 中部財界 1988年3月号 (中部財界社) (1988年3月).pp121
  30. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2007年版』 東洋経済新報社、2007年。
  31. 『総合名古屋市年表 昭和編 六』 名古屋市会事務局、1995年3月22日。pp508
  32. 『総合名古屋市年表 昭和編 六』 名古屋市会事務局、1995年3月22日。pp738
  33. 『日本スーパーマーケット名鑑 1970年版』 商業界、1970年。pp363
  34. “3. ローカルSMチェーンは売場にもっと強力な自己主張を!! 「ハローフーズ扶桑店」にみるナショナル・チェーンとは一味違う差別的特徴づくり”. 販売革新 1978年1月号 (アール・アイ・シー) (1978年1月).pp188
  35. 『日進町誌 本文編』 日進町役場、1983年3月31日。pp265
  36. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2009年版』 東洋経済新報社、2009年。
  37. 神谷昭 “TAK21(愛知県武豊町) 3099m2、25億円、ハローフーヅ”. 食品商業 1990年12月号 (商業界) (1990年12月).pp140-143
  38. 鈴木誠 『伊勢湾沿岸域におけるウォーターフロント開発計画の現状と課題 「伊勢湾沿岸域総合利用計画」策定に向けた予備的考察』 地域経済 第12集 (岐阜経済大学地域経済研究所) (1992年3月)。pp103
  39. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp985
  40. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp949
  41. 『全国都市統計総覧』 東洋経済新報社、1982年9月。pp960
  42. 神谷昭 “ショッピングプラザ・銀座ラブ(愛知県知立市) 若者の熱気がつくり出した共同店舗がコミュニティマート構想へと発展”. 食品商業 1993年11月号 (商業界) (1993年11月).pp100-104
  43. “1991年開店SC一覧”. ショッピングセンター 1991年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1991年12月1日).pp91
  44. “届出情報”. ショッピングセンター 1990年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1990年8月1日).pp84
  45. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp862
  46. “同居進出もあれば握りつぶしもある――激闘スーパー"東海の陣"”. 中部財界 1978年6月号 (中部財界社) (1978年6月).pp72-73
  47. “届出情報”. ショッピングセンター 1992年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1992年8月1日).pp92
  48. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2008年版』 東洋経済新報社、2008年。
  49. “ニュースダイジェスト”. 総合食品 1980年5月号 (総合食品研究所) (1980年5月).pp163

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