バタン島

バタン島(バタンとう、英語: Batan island)はフィリピンルソン島北部にあるバタン諸島の主要3島の1つ。諸島内では2番目に大きい。

バタン島
バタン島の丘陵地、写真左奥はマタラム山
地理
場所 ルソン海峡
座標 北緯20度25分 東経121度57分
諸島 バタン諸島
面積 95.18 km2 (36.75 sq mi)[1]
長さ 20 km (12 mi)[2]
6.5 km (4.04 mi)(最大)
最高標高 1,009 m (3310 ft)[2]
最高峰 イラヤ山
地方 カガヤン・バレー地方
バタネス州
人口統計
人口 11,979(2010年5月1日[1]年時点)
人口密度 125.85 /km2 (325.95 /sq mi)
民族 イヴァタン人

バタネス州に属し、20km程度の大きさの島であるが、6つの自治体のうち州都バスコを含むイバナマハタオオユガンの4つの自治体が存在している。

地理

バタン島はダンベル型の火山島であり、ルソン火山弧に属している。島の北部には標高1009mの活火山イラヤ山が存在しており、この火山の最後の噴火は1454年とされている[2]。 南部には休火山で標高405mのマタラム山(Mt.Matarem)が存在する[3][4]。島の狭部は丘陵となっており、おおよそ4.5kmの長さで幅は1.9-2.5km程度であり、2つの火山を繋いでいる。島はマタラム山近郊で最も幅が広く6.5km程度の広さがある。

バタン島に最も近いサブタン島は島の南端から南西に4.5kmの沖にある。バタン諸島最大のイトバヤット島はバタン島中心から北西に42kmほどの位置に存在する。

歴史

1668年寛文8年)、渥美半島沖で漂流した千石船がバタン島に漂着した[5][6]。 その後、1796年寛政8年)、1828年文政11年)、1830年(文政13年)にも日本の船が漂着した。

第2次世界大戦の日本軍のフィリピン侵攻はこの島から始まった。1941年12月8日、日本軍はルソン島北岸から190km沖にあるバタン島へ上陸した。これは真珠湾攻撃と同時に行われており、日本軍によるアメリカ領への初の上陸であった。

2008年6月1日の世界標準時1時57分23秒69に、マグニチュード6.3の地震がバタン諸島の沖(北緯20.1240度 東経121.3500度 / 20.1240; 121.3500)、深さ約31kmの場所で発生した[7]。損害や死傷者は無かった。

2023年アメリカ軍と地元政府が、島内で商業港の開発計画を進めていることが明らかにされた[8]

関連項目

脚注

  1. Province: Batanes”. PSGC Interactive. 2013年4月11日閲覧。
  2. Iraya”. 世界火山活動番付. 2013年4月11日閲覧。
  3. Inactive Volcanoes Part 5”. フィリピン火山地震研究所. 2013年4月11日閲覧。
  4. Mount Mataram”. Google Maps. 2013年4月11日閲覧。
  5. 尾張者異國漂流物語”. 東京海洋大学附属図書館. 2021年9月23日閲覧。
  6. 池内博之の漂流アドベンチャー2 黒潮のその先へ 南島奇談”. NHK BSプレミアム(2017年5月6日). 2021年9月23日閲覧。
  7. ANSS (Advanced National Seismic System) composite earthquake catalog
  8. 南シナ海に打たれた「布石」...アメリカがフィリピンの離島で建設する「港」の効果とは”. ニューズウィーク日本語版 (2023年9月13日). 2023年9月13日閲覧。
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