バッテンベルク家
バッテンベルク家(ドイツ語: Haus Battenberg)は、ヘッセン大公国を統治していたヘッセン=ダルムシュタット家の分家である。英語読みはバッテンバーグであるが、第一次世界大戦の折にイギリスに帰化した人物は意訳した「マウントバッテン (Mountbatten family)」を用いている(bergは、山を意味する→wikt:Berg)。
| バッテンベルク家 Haus Battenberg | |
|---|---|
![]() | |
| 国 | ブルガリア公国 |
| 主家 | ヘッセン=ダルムシュタット家 |
| 創設 | 1851年 |
| 家祖 | (ユリア) |
| 現当主 | ジョージ・マウントバッテン |
| 民族 | ドイツ人 |
| 著名な人物 |
ミルフォード・ヘイヴン侯爵ルイス・アレグザンダー ブルガリア公アレクサンダル1世 マウントバッテン・オブ・バーマ伯爵ルイス スペイン王妃ビクトリア・エウヘニア スウェーデン王妃ルイーゼ |

ブルガリア公家の紋章
歴史
ヘッセン大公ルートヴィヒ3世の弟アレクサンダー大公子がユリア・テレーザ・ハウケと貴賤結婚した際、ユリアがルートヴィヒ3世からバッテンベルク伯爵夫人(Gräfin von Battenberg、後に侯爵夫人)の称号を与えられたのが始まりである。「バッテンベルク」の名はヘッセン大公の邸宅の一つがあったバッテンベルク (エーダー) に由来する。アレクサンダーとユリアの子供たちにはバッテンベルク侯爵(夫人)の称号が与えられたが、ヘッセン大公家の継承権は与えられなかった。
アレクサンダーとユリアの長男ルートヴィヒ・アレクサンダーはイギリスに帰化し、英語読みでルイス・アレグザンダー・バッテンバーグと名乗っていたが、第一次世界大戦中のイギリスにおける反独感情から、英語風にマウントバッテン(Mountbatten)と改姓した。ルイス・アレグザンダーはミルフォード・ヘイヴン侯爵に叙され、ミルフォード・ヘイヴン侯爵位はその子孫によって襲爵されている。
諸王家とのつながり
ヘッセン大公家の継承権こそなかったが、孫の世代に王族又は王族妃を輩出し、現存する王室にもその血筋が繋がっている。
系図
| アレクサンダー | ユリア バッテンベルク侯爵夫人 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| マリー エアバッハ=シェーンベルク伯妃 | ルイス・アレグザンダー ミルフォード=ヘイヴン侯爵 | アレクサンダル1世 ブルガリア公 | ヘンリー | フランツ・ヨーゼフ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| アリキ | ルイーゼ スウェーデン王妃 | ジョージ ミルフォード=ヘイヴン侯爵 | ルイス マウントバッテン・オブ・バーマ伯爵 | アセン ハルテナウ伯爵 | ツヴェタナ | アレグザンダー キャリスブルック侯爵 | ビクトリア・エウヘニア スペイン王妃 | レオポルド | モーリス | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| フィリップ エディンバラ公爵 | タチアナ | デイヴィッド ミルフォード=ヘイヴン侯爵 | パトリシア マウントバッテン・オブ・バーマ女伯爵 | パメラ | アイリス | スペイン・ブルボン家 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| マウントバッテン=ウィンザー家 | ジョージ ミルフォード=ヘイヴン侯爵 | アイヴァー | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| タチアナ | ヘンリー メディナ伯爵 | エラ | アレクサンドラ | ルイーズ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
脚注
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
