バトル・マウンテン

バトル・マウンテン(Battle Mountain)はアメリカ合衆国ネバダ州の非法人地域で、ランダー郡の郡庁所在地である。 [1]人口は3635人(2010年アメリカ合衆国国勢調査)。主要な経済基盤は金の採掘、それと規模は小さいものの合法化された賭博。

バトル・マウンテン
Battle Mountain
バトル・マウンテンのダウンタウンの表通り
バトル・マウンテンのダウンタウンの表通り
位置
バトル・マウンテンの位置
の位置図
バトル・マウンテンの位置

座標 : 北緯39度38分22秒 西経116度56分14秒
行政
国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
 州 ネバダ州
 郡 ランダー郡
 市 バトル・マウンテン
地理
面積  
  市域 9.2 km2
    陸上   9.2 km2
    水面   0 km2
標高 1375 m
人口
人口 (2010年現在)
  市域 3,635人
    人口密度   395.1人/km2
その他
等時帯 太平洋標準時 (UTC-8)
夏時間 太平洋夏時間 (UTC-7)

位置は州間高速道路80号線のウィネマッカとエルコの間である。

歴史

バトル・マウンテン鉱山地区の金鉱と銅鉱。 2019年現在、鉱山はニューモント・ゴールドコープによって「フェニックス鉱山」として運営されている。

この地域には元々北パイユート族とショショーニ族が暮らしていた。1820〜30年代には毛皮目当ての猟師には知られていた。1845年、フンボルト川沿いに西に向かう移民たちの通過点となった。言い伝えによれば、バトル・マウンテンという町の名前は、1850〜60年代の先住民族と初期移住者との対立に由来するものと言われる。

1866年に近郊のアルジェンタで銀が発見され、セントラル・パシフィック鉄道がアルジェンタ駅を建設。しかし、1870年に駅をバトル・マウンテンに移設し、銅と金の採掘地としての町が形成されることになった。

1874年、ネバダ州議会は知事の拒否権を覆し、オースティンからバトル・マウンテンまでの鉄道事業を承認。これがネバダ・セントラル鉄道で1880年に開通した。さらにオースティン近郊の銀採掘場とも連結させたが、1938年には廃線となった。

1979年、ネバダ州最高裁判所はランダー郡の郡庁所在地をバトル・マウンテンに変更した。

地理と気候

フンボルト川

バトル・マウンテンは、フンボルト川とリース川という二つの川の合流点で、南東をショショーニ山脈、南西をバトル・マウンテン山脈、北をシープクリーク山脈に囲まれた谷間に位置する。

アメリカ合衆国国勢調査局によると、面積は9.3平方キロメートル.

気候はステップ気候で、ケッペンの気候区分ではBSkにあたる。乾燥し、標高が高いため、気温の日較差が大きい。とりわけ夏はその差は25°Cにも達する。

交通

州間高速道路80号線

バトル・マウンテンは州間高速道路80号線のリノ (ネバダ州)とソルトレイクシティのほぼ中間に位置し、オースティンに向かう州道305号の出発点である。

ユニオン・パシフィック鉄道も通っている。

バトル・マウンテン空港、別名ランダー郡空港は公共用飛行場で、バトル・マウンテンの中央商業地区の南東4.8 kmにある。この空港はランダー郡が所有し、バトル・マウンテン空港当局が運営している。

人口統計

2000年の国勢調査では、バトル・マウンテンの国勢調査指定地域には1053世帯、731家族、2871人が住んでいる。人口密度は1 km2当たり612.4人。人種構成は、白人81.30%、アフリカ系0.14%、ネイティブアメリカン2.54%、アジア系0.49%、太平洋諸島系0.03%、他の人種11.81%、2つ以上の人種3.69%。ラテン系の人種は人口の23.58%である。

1,053世帯の54.6%が夫婦で、41.9%が18歳未満の子供と同居。9.9%は夫のいない女性が世帯主。30.5%は非家族。25.2%がひとり暮らしで、65歳以上は4.8%。平均世帯規模は2.71、平均子供数は3.28。

人口は18歳未満が33.8%、18歳から24歳までが8.1%、25歳から44歳までが29.0%、45歳から64歳までが22.4%、65歳以上が6.7%。中央年齢は32歳。女性100人に対して男性104.1人、18歳以上だと104.4人。

世帯の平均収入は42,981ドル、家族の平均収入は50,995ドル。男性の平均収入は45,313ドル、女性は25,417ドル。一人当り収入は16,975ドル。家族の約7.8%と人口の11.8%は貧困線以下で、それには18歳未満の14.1%と65歳以上の20.0%が含まれる。

スポーツ

町のすぐ外にある州道305号は長くまっすぐな平坦な道のため、毎年恒例の自転車レースを開催している。「ワールド・ヒューマン・パワード・ スピード・チャレンジ」と呼ばれるもので、世界最速記録を目指して世界中からチームが集まる。[2] 2016年9月16日、Todd Reichertが時速144.18 kmの世界最高記録を達成。[3] 2019年には、フランスのIlona Peltierが時速126.51 kmの記録を出し、「世界最速の女性」になった。[4]

大衆文化

  • 2007年5月15日にアメリカのポストハードコアバンド「ダンス・ギャヴィン・ダンス」がデビューアルバム「Downtown Battle Mountain」をリリース。ヴォーカリストのジョン・メスはインタビューで、アルバム製作中にバトル。マウンテンに立ち寄ったのが理由だと語った。2011年3月8日には続編にあたる「Downtown Battle Mountain II」もリリース。
  • 元MSNBC.comのコラムニストであるジャネット・ウォールズは回顧録「ガラスの城の約束」で、子供の頃、バトル・マウンテンに住んでいたことを書いている。彼女の父親は炭鉱で働いていた。

著名な出身者

  • ジョイス・コリンズ -ジャズピアニスト、歌手、教育者。
  • Mary Dann and Carrie Dann
  • James H. Ledlie
  • John Marvel
  • ジャネット・ウォールズ

参考資料

  1. “Lander County Code of Ordinances - Appendix I - Battle Mountain Town Boundary”. Municode. 2017年10月15日閲覧。
  2. “NHKの人気番組「超絶 凄ワザ!」への出演について”. 東レ・カーボンマジック (2016年4月25日). 2020年1月15日閲覧。
  3. Human Powered Vehicle Information Center Official Speed Records
  4. “New Records at WHPSC 2019”. ihpva.org (2019年9月24日). 2019年9月27日閲覧。

外部リンク

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