バヤン・クリ
生涯
ドゥアの孫。1348年にダーニシュマンドがアミールのカザガンに殺害されるとマー・ワラー・アンナフルにおいてカザガンに新たな君主として擁立された。バヤン・クリもまたカザガンの傀儡であり、カザガンはバヤン・クリの名をもってマー・ワラー・アンナフルを統一し、ペルシアを窺う動きを見せた。
1357年にカザガンが暗殺されるとその子のアブドゥッラーがカザガンの地位を引き継いだ。バヤン・クリの妃がアブドゥッラーに通じると、バヤン・クリはアブドゥッラーの手の者によってサマルカンドで暗殺された。
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