バルガ族
歴史
清代、旧バルガ(ホーチン・バルガ)・新バルガ(シネ・バルガ)に大別される。旧バルガは、黒龍江将軍の管轄下でエヴェンキ、オロチョン、ダウールなどの諸部族とともに「索倫(ソロン)八旗」を構成していた。
1949年に建国した中華人民共和国は、人民を民族別に区分していずれかの民族に所属させる事業(=民族識別工作)において、旧バルガを「ソロン八旗」の他の所属とは分離し、新バルガとともに、「蒙古族」を構成する下方単位と位置づけて現在に至っている。
著名人
- マンライバートル・ベイス・ダムディンスレン( - 1919年)
- モンゴルのジェプツンダンパ政権が成立すると、故郷フルンボイルよりジェプツンダンパ政権のもとに馳せ参じ、国軍総司令官、チベット・モンゴル相互承認条約の締結員、下院議員などを歴任。1919年に中華民国軍がモンゴルを回復するため侵攻した際、逮捕・投獄され、獄死。
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