バントゥー・ホロミサ

バントゥーボンケ・ハリントン・ホロミサ(Bantubonke Harrington Holomisa[1]、1955年7月25日[1][2] - ) は、南アフリカ政治家。1987年から1994年までトランスカイホームランドの元首であった。トランスカイが南アフリカに吸収されてからは同国の国会議員となり[1]、統一民主運動の党首となった[2]

バントゥー・ホロミサ
2019年5月撮影
生誕 バントゥーボンケ・ハリントン・ホロミサ
(1955-07-25) 1955年7月25日(68歳)
南アフリカ共和国東ケープ州ムカンドゥリ
職業 政治家
肩書き 党首
政党 統一民主運動

トランスカイ時代

ホロミサはトランスカイ(現・東ケープ州の一部)のムカンドゥリで生まれ[1]1976年トランスカイ防衛軍に入隊して[1][3]1985年には准将に昇進した。1987年10月にはトランスカイのジョージ・マタンジマ首相を辞任の上亡命させ[4][5]、その後継であるステラ・シグカウ政権も転覆させた[6]。1987年12月にはホロミサはトランスカイ政府の元首(軍事評議会議長)となり、1994年に南アフリカに再統合されるまでその任にあった[1]。このクーデターは南アフリカから離れつつあったマタンジマ政権を打倒するため、南アフリカ政府が使嗾したものであった[7]が、ホロミサは政権掌握後いっそう南アフリカ離れを鮮明にし、アフリカ民族会議(ANC)寄りの姿勢を示して南アフリカ政府と激しく対立するようになった。1989年にはホロミサはトランスカイでアフリカ民族会議を合法化し、同党軍事部門の訓練も行われるようになった[8]。1991年に憲法制定会議(CODESA)が開始されるとトランスカイはANC寄りの立場で交渉に参加し[9]、1993年に複数政党交渉フォーラムが開始された際もANC寄りの立場を崩さなかった[10]。1994年4月27日、南アフリカで全人種選挙が実施されたのと同時にトランスカイ政府は南アフリカに再統合され、消滅した。

南アフリカ時代

1994年の全人種選挙においてはホロミサはアフリカ民族会議から出馬して当選し、1994年には同党の全国執行委員会委員に選出され[1][2] 、南アフリカ共和国政府の環境・観光副大臣に就任した[1][11]1996年5月には、ホロミサは真実和解委員会でステラ・シグカウらANC幹部の大規模汚職事件を告発し、証言を行った[12]。この証言によってホロミサの政治的立場は悪化し、1996年9月30日[13]アフリカ民族会議から追放された[11]。その後、彼は1997年[11]アフリカ民族会議の元幹部だったジョン・テイラー、および国民党を離党していた元憲法開発大臣でアフリカーナーロエルフ・メイヤーと、統一民主運動を結党し[14][15]1999年に議員に選出された[1][11]。ホロミサと統一民主運動は、ジェイコブ・ズマ大統領に対する不信任決議を数度にわたり支持しており、2017年8月8日にも不信任を支持した[16][17]

ホロミサはカイザー・チーフスFCのファンであり、2015年にはラジオ702のインタビューでチームへの愛を語った.[18]

脚注

  1. General Bantubonke Harrington "Bantu" Holomisa (profile)”. Who's who of Southern Africa. 24.com. 2007年11月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年12月14日閲覧。
  2. Holomisa, H. Bantubonke (Bantu) – co-founder and president of United Democratic Movement”. Contemporary African Database. The Africa Centre. 2006年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年1月15日閲覧。
  3. Pissarra, Mario (2001年11月1日). Holomisa, H. Bantubonke (Bantu)”. Contemporary African Database. The Africa Centre. 2007年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年1月15日閲覧。
  4. Mgaqelwa, Abongile (2013年8月8日). “Matanzima dies after hijack”. Daily Dispatch. オリジナルの2013年8月8日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/20130808011338/http://www.dispatch.co.za/11815/ 2013年8月31日閲覧。
  5. “Chief George Mzimvubu Mathanzima, former Prime Minister of Transkei, dies”. South Africa History Online. (2000年11月10日). http://www.sahistory.org.za/dated-event/chief-george-mzimvubu-mathanzima-former-prime-minister-transkei-dies 2013年8月31日閲覧。
  6. “Stella Sigcau dead at 69”. Mail&Guardian. (2006年5月8日). http://mg.co.za/article/2006-05-08-stella-sigcau-dead-at-69 2007年12月14日閲覧。
  7. 片山正人「現代アフリカ・クーデター全史」p385-386 叢文社 2005年 ISBN 4-7947-0523-9
  8. 「南アフリカと民主化」p35 (1996/5/10) 勁草書房 川端正久・佐藤誠編
  9. 「南アフリカと民主化」p17 (1996/5/10) 勁草書房 川端正久・佐藤誠編
  10. 「南アフリカと民主化」p14 (1996/5/10) 勁草書房 川端正久・佐藤誠編
  11. Résumé of Mr HB Holomisa, MP”. UDM. 2007年9月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年12月12日閲覧。
  12. 「南部アフリカ政治経済論」p157 林晃史 アジア経済研究所 1999年4月15日
  13. The rise and fall of Bantu Holomisa”. African National Congress, Department of Information and Publicity (1997年5月30日). 2007年12月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年12月12日閲覧。
  14. Bell, Terry; Dumisa Buhle Ntsebeza (2003). “The nerve centre of apartheid”. Unfinished business: South Africa, apartheid and truth. Verso. p. 30. ISBN 1-85984-545-2. https://books.google.com/books?id=ALA8SgeiA_wC&pg=PA30&lpg=PA30&dq=%22roelf+meyer%22+udm+founded&source=web&ots=SeWDY364Wf&sig=m7SKm163FfAXJ9IpqfyfuBcp7E4
  15. 「南部アフリカ政治経済論」p159 林晃史 アジア経済研究所 1999年4月15日
  16. Holomisa: UDM will support DA motion of no confidence (英語). 702. 2017年7月23日閲覧。
  17. Filcon scandal: fresh claims”. www.onlinetenders.co.za. 2017年7月23日閲覧。
  18. “Kaizer Chiefs, Orlando Pirates: Celebrity Fans - Goal.com” (英語). Goal.com. (2015年11月4日). http://www.goal.com/en-za/news/4656/features/2015/11/04/16972242/julius-malema-is-a-pirates-fan-pearl-thusi-supports-chiefs 2017年10月19日閲覧。
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