ビクトル・モレノ

ビクトル・ヒューゴ・モレノVictor Hugo Moreno, 1979年6月10日 - )はベネズエラカラボボ州プエルト・カベージョ出身の元プロ野球選手投手)。

ビクトル・モレノ
Víctor Moreno
マイナー時代
(2006年6月13日)
基本情報
国籍 ベネズエラの旗 ベネズエラ
出身地 カラボボ州プエルト・カベージョ
生年月日 (1979-06-10) 1979年6月10日(44歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1997年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ベネズエラの旗 ベネズエラ代表
WBC 2006年2009年

経歴

プロ入りとダイヤモンドバックス傘下時代

1997年9月5日に、アリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ。

1998年は、傘下ルーキーリーグのドミニカン・サマーリーグ・ダイヤモンドバックスでプレーしていた。

1999年は、傘下ルーキーリーグのアリゾナリーグ・ダイヤモンドバックスで7試合に登板し、1勝2敗2セーブ、防御率9.90を記録した[1]

2000年は、ベネズエラン・サマーリーグでプレーした。同年限りで、退団した。

フィリーズ傘下時代

2001年は、フィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ。開幕を、傘下ルーキーリーグのガルフ・コーストリーグ・フィリーズで迎えた。この年は、15試合に登板し、4勝2敗、防御率1.69を記録した[1]

2002年は開幕を、傘下ショートシーズンAのバタヴィア・マックドッグスで迎えた。ここでは、17試合に登板し、3勝3敗5セーブ、防御率3.71を記録した[1]。その後、傘下Aのレイクウッド・ブルークロウズに昇格した。ここでは、7試合に登板し、1勝0敗1セーブ、防御率0.00を記録した[1]。同年限りで、退団した。

ツインズ傘下時代

2003年は、ミネソタ・ツインズとマイナー契約を結んだ。開幕を、傘下アドバンスAのフォートマイヤーズ・ミラクルで迎えた。ここでは、16試合に登板し、3勝1敗、防御率2.02を記録した[1]。その後、傘下AAのニューブリテン・ロックキャッツへ昇格した。ここでは、24試合に登板し、1勝1敗、防御率6.95を記録した[1]

2004年は開幕を、傘下AAのニューブリテン・ロックキャッツで迎えた。ここでは、33試合(5試合で先発)登板し、7勝2敗2セーブ、防御率2.27を記録した[1]。その後、傘下AAAのロチェスター・レッドウイングスへ昇格した。ここでは、6試合に登板し、1勝0敗、防御率6.35を記録した[1]。同年限りで、退団した。

アスレチックス傘下時代

2005年は、オークランド・アスレチックスとマイナー契約を結んだ。開幕を、傘下AAAのサクラメント・リバーキャッツで迎えた。この年は、49試合に登板し、4勝2敗2セーブ、防御率4.50を記録した[1]

2006年開幕前の3月に第1回WBCベネズエラ代表に選出された[2]

レギュラーシーズンでは、前年同様に、開幕を傘下AAAのサクラメント・リバーキャッツで迎えた。この年は、34試合(14試合で先発)に登板し、5勝4敗4セーブ、防御率5.38を記録した[1]。同年限りで、退団した。

オリオールズ傘下時代

2007年は、ボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ。開幕を、傘下AAAのノーフォーク・タイズで迎えた。この年は、39試合(1試合で先発)に登板し、2勝5敗3セーブ、防御率5.06を記録した[1]。同年限りで、退団した。

メキシカンリーグ時代

2008年は、メキシカンリーグメキシコシティ・レッドデビルズと契約を結んだ。この年は、9試合に登板し、防御率5.00を記録した[1]。同年限りで、退団した。

2009年開幕前の3月に第2回WBCのベネズエラ代表に選出された[3]

レギュラーシーズンでは、メキシカンリーグのカンペチェ・パイレーツと契約を結んだ。10試合の登板で、0勝1敗4セーブ、防御率9.35を記録した[1]。シーズン途中に、退団した。

イタリア時代

2009年シーズン途中に、イタリアンベースボールリーグフォルティチュード・ボローニャと契約を結んだ。この年は、9試合、0勝0敗、防御率1.33を記録した[1]

2010年は、13試合に登板し、0勝0敗、防御率0.56を記録した[1]

2011年は、14試合に登板し、2勝0敗、防御率1.41を記録した[1]。同年限りで、退団した。

メキシカンリーグ時代

2012年は、メキシカンリーグのモンクローバ・スティーラーズと契約を結んだ。この年は、51試合に登板し、1勝3敗27セーブ、防御率2.75を記録した[1]

2013年は、51試合に登板し、2勝3敗33セーブ、防御率3.58を記録した[1]

2014年は、15試合に登板し、1勝2敗8セーブ、防御率2.93を記録した[1]

イタリア時代

2015年は、イタリアンベースボールリーグのリミニ・ベースボールクラブと契約を結んだ。14試合に登板し、1勝1敗6セーブ、防御率1.54を記録した[1]。この年限りで現役を引退した。

現役引退後

2017年から2019年まで、ミルウォーキー・ブルワーズ傘下ルーキー級のドミニカン・サマーリーグ・ブルワーズの投手コーチを務めた[4][5]

選手としての特徴

詳細情報

代表歴

脚注

  1. Baseball Reference (Minors)
  2. 2006 Tournament Roster The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月3日閲覧
  3. 2009 Tournament Roster The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月3日閲覧
  4. Brewers Front Office And Coaching Staff - 2017”. Baseball-America. 2021年10月15日閲覧。
  5. Brewers Front Office And Coaching Staff - 2019”. Baseball-America. 2021年10月15日閲覧。

外部リンク

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