ピェール・ルイ・ジューイ
経歴
1856年、アメリカ合衆国ニューヨーク生まれ。国立自然史博物館の標本採集のために日本と中国に派遣された[2]。その後、ピェールは韓国に渡って数年を過ごした後、健康状態が悪化して帰国してアリゾナ州南部に移住したが、1894年に死去した[2]。日本固有種で絶滅鳥類であるリュウキュウカラスバトの学名Columba jouyi(Stejneger, 1887) は、命名者であるレオナード・ヘス・ステイネガー(Leonhard Hess Stejneger)が友人のジューイに献名したものである[2]。トウホクノウサギのホロタイプ標本(完模式標本)やニホンカワウソなど日本産鳥獣を採集した[2]。
参考文献
- 河合久仁子 (2012), “一人の採集人が遺したもの 〜アメリカスミソニアン協会国立自然史博物館と大町市のつながり〜”, 山と博物館 (大町山岳博物館) 57 (10): 2-6
外部リンク
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