フィットン・ジェラード (第3代マクルズフィールド伯爵)

第3代マクルズフィールド伯爵フィットン・ジェラード(英語: Fitton Gerard, 3rd Earl of Macclesfield、1663年10月15日洗礼 – 1702年12月26日)は、イングランド王国の貴族、政治家。ホイッグ党所属。

生涯

初代マクルズフィールド伯爵チャールズ・ジェラードとジェーン・ド・シヴェル(Jane de Civelle、ピエール・ド・シヴェルの娘)の息子として生まれ[1]、1663年10月15日に洗礼を受けた[2]。1673年7月1日、オックスフォード大学クライスト・チャーチに入学した[3]。1689年よりランカシャーおよびウェールズ副統監を務めた[4]。

1689年イングランド総選挙でコート派の候補としてワイト島のヤーマス選挙区で当選したが、議会ではあまり活動的ではなく[4]、1690年イングランド総選挙でラッドロー選挙区から出馬して落選した[2]。ジェラードによる選挙申し立ての結果、ラッドロー選挙区の選挙は同年10月6日に無効とされたが、ジェーラドは続く補選には出馬しなかった[2]。1693年末には兄チャールズの支持を受けてクリザロー選挙区で出馬、接戦の末に当選を果たしたが、1694年2月2日に選挙無効の裁定が下されたため4月に補選が行われ、ジェラードは再び当選した[2]。

1695年イングランド総選挙では出馬しなかったが、1697年2月に兄の支持を受けてランカスター選挙区で当選、1698年イングランド総選挙でランカシャー選挙区に鞍替えして再選された[2]。1701年1月イングランド総選挙で再選を目指したが落選、選挙申し立ても失敗した後[2]、同年11月5日に兄チャールズが死去すると、マクルズフィールド伯爵位を継承した[1]。兄が遺言状で遺産を第4代ムーン男爵チャールズ・ムーンに譲ったが、第4代ハミルトン公爵ジェイムズ・ハミルトンとジェラードがそれぞれ裁判を起こして争った[2]。

ムーン男爵との裁判がまだ決着していない[2]1702年12月26日に生涯未婚のまま死去、爵位は全て断絶した[1]。

評価

『英国下院史』はフィットンを最晩年まで兄の影に隠れて生きたと評した[4]。

出典

  1. Cokayne, George Edward, ed. (1893). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (L to M) (英語). Vol. 5 (1st ed.). London: George Bell & Sons. p. 172.
  2. Cruickshanks, Eveline; Harrison, Richard (2002). "GERARD, Hon. Fitton (1663-1702), of Chelsea, Mdx.". In Hayton, David; Cruickshanks, Eveline; Handley, Stuart (eds.). The House of Commons 1690-1715 (英語). The History of Parliament Trust. 2019年10月12日閲覧。
  3. Foster, Joseph, ed. (1891). "Gabel-Gilmore". Alumni Oxonienses 1500-1714 (英語). Oxford: University of Oxford. pp. 542–568.
  4. Watson, Paula (1983). "GERARD, Hon. Fitton (c.1660-1702), of Chelsea, Mdx.". In Henning, B. D. (ed.). The House of Commons 1660-1690 (英語). The History of Parliament Trust. 2019年10月12日閲覧。
イングランド議会 (en) 
先代
トマス・ウィンダム
ウィリアム・ヒュワー
庶民院議員(ヤーマス選挙区選出)
1689年 – 1690年
同職:サー・ロバート・ホームズ
次代
ジョン・トレヴァー
チャールズ・ダンコンブ
先代
アンソニー・パーカー
ロジャー・ケンヨン
庶民院議員(クリザロー選挙区選出)
1693年 – 1695年
同職:ロジャー・ケンヨン
次代
クリストファー・リスター
アンブローズ・パッドセイ
先代
トマス・プレストン
ロジャー・カークビー
庶民院議員(ランカスター選挙区選出)
1697年 – 1698年
同職:ロジャー・カークビー
次代
ロジャー・カークビー
ロバート・ヘイシャム
先代
ジェームズ・スタンリー
サー・ラルフ・アッシュトン準男爵
庶民院議員(ランカシャー選挙区選出)
1698年 – 1701年
同職:ジェームズ・スタンリー
次代
ジェームズ・スタンリー
リチャード・ボールド
イングランドの爵位
先代
チャールズ・ジェラード
マクルズフィールド伯爵
1701年 – 1702年
断絶
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