フリードリヒ (バイエルン公)

生涯

1375年、父の遺領を兄のシュテファン3世、弟のヨハン2世と共に相続したが、1392年には領土を3分割し、シュテファン3世はインゴルシュタット、フリードリヒはランツフートを、ヨハン2世はミュンヘンを治める事になった。1387年のザルツブルク大司教とシュヴァーベン都市同盟の対立に介入している。

1393年、ブトヴァイスで急死し、子のハインリヒ16世が後を継いだ。

家族

1360年にアンナ・フォン・ノイフェンと結婚した。

  1. エリーザベト(1361年 - 1382年) - パルマ領主マルコ・ヴィスコンティと結婚。

1381年にベルナボ・ヴィスコンティの娘マッダレーナ(1366年 - 1404年)と再婚した。

  1. エリーザベト(1383年 - 1444年) - ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ1世と結婚。
  2. マルガレータ(1384年)
  3. ハインリヒ16世(1386年 - 1450年)
  4. マグダレーナ(1388年 - 1410年) - ゲルツ伯ヨハン・マインハルト7世と結婚。
  5. ヨハン(1390年)

脚注

  1. 岡地稔 『あだ名で読む中世史』 八坂書房、2018年、付録p. 55
先代
シュテファン2世
下バイエルン=ランツフート公
1375年 - 1393年
シュテファン3世、ヨハン2世と共同統治
(1392年まで)
次代
ハインリヒ16世
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