フリーマントル級哨戒艇

フリーマントル級哨戒艇(Fremantle class patrol boat)は、オーストラリアの哨戒艇。15隻が建造された。

フリーマントル級哨戒艇
博物館船として展示されているグラッドストーン(2010年1月29日)
概歴
就役1980年3月17日
退役2007年5月11日
前級アタック級哨戒艇
次級アーミデール級哨戒艇
要目
艦種哨戒艇
排水量 満載排水量220t
全長42m
全幅7.15m
吃水1.8m
機関 MTU538 ディーゼル 2基2.4MW
ドーマン補助エンジン 1基
速力30ノット
航続距離2,360海里(12ノット)
乗員24名
武装 ボフォース 40mm機関砲(60口径)1門
M2HB 12.7mm機銃2丁
81mm迫撃砲1門

開発

1967年-1969年にかけて前級となるアタック級哨戒艇が就役したが、その運用実績から哨戒艇のカバーするエリアがより広大になることが見込まれ、1970年からコンセプトの策定が行われた。9月には海軍が新型哨戒艇の要求を行った。この計画は、1976年-1980年にかけて10隻の新型哨戒艇を就役させ、アタック級の編成を増強し2隻の汎用艦艇の更新を行うものであった。各種哨戒艇の配備予定数は、オーストラリア海軍に16隻、予備役4隻に加え、当時自治領であったパプアニューギニアの分遣隊に10隻の総計30隻におよんだ[1][注 1]。

取得計画は1975年4月に公表され11社が応募、翌年にはブルック・マリーンとルーセンの2社に絞られた。1977年9月22日、ブルック・マリーン案が採用され1億1,500万オーストラリア・ドルで15隻の建造が決定した。1番艇はブルック・マリーンが自社で建造し、その他はノース・クイーンズランド・エンジニアーズ・アンド・エージェンツが建造する分担となった。5隻の追加分については、1982年に無期延期となった[1]。ミサイル艇として6隻の取得も考慮されたが、資金不足と準備期間の不足により断念された[2]。

1977年10月に1番艇フリーマントルの建造が開始され、1979年2月16日進水、1980年3月17日に就役した。最初の国産艇となる2番艇ワーナンブールは、1978年9月に起工、1980年10月25日進水、1981年3月14日に就役した。最終艇バンバリーは、1984年12月に就役した[1]。名称は全てバサースト級コルベットに存在したものが採用された[2]。

オーストラリアでの建造はライン生産方式であり、竜骨を上として上下逆さまになった艇体を建造し、その後に正常な位置に戻して上部を建造する。艇体の建造と同時に甲板上の構造を別途製造し、艇体に溶接する[3]。

当初フリーマントル級の根拠地としてダーウィンのクナワラ海軍基地とケアンズのケアンズ海軍基地が選択されたが、母港としての支援機能は不足していた[1]。1981年から翌年にかけて、1,000万ドルを費やして整備・補給・管理施設の近代化などの整備が行われた[3][1]。

構造

装備の更新に加え、アタック級哨戒艇よりも全長で28%、排水量で50%大型化した艇体により耐航性も向上した。公試で計画よりも20t大型化したことが明らかになっている[1]。

機関は、MTU538 ディーゼルエンジンを2基搭載し、2軸推進[4]。排気は煙突では無く水線下の排気口から排出される[3]。

武装は60口径のボフォース製40mm機関砲を主砲に、艦橋後部両舷にM2HB 12.7mm機銃を各1丁搭載している。また、建造当時は81mm迫撃砲を装備していたが、後日取り外している[5][3]。計画段階での主砲は30mm連装機関砲であったが、コスト削減のために変更された。後日、アップデート計画が提案されたが、実現しなかった[2][3]。

運用

フリーマントルが公試中にタンカーと衝突したトロール漁船のイギリス人乗組員を救助したことが、最初の記録となっている。フリーマントルはローストフトを1980年6月7日に出港、8月27日にシドニーに到着した。その後、14隻が建造され、ケアンズ、シドニー、ダーウィンに4隻、ガーデンアイランドのスターリング海軍基地に2隻、モーニントン半島のサーベラス海軍基地に1隻が配備された[1]。

国境警備、密輸・密漁・密入国の取り締まりを主要な活動とする。主にオーストラリアの北方海域で活動を行ったが、国際協力の面ではタイからマーシャル諸島・クック諸島にまで活動はおよんでいる[1]。

1985年5月31日、ウロンゴンがガボ島で座礁し大破、メーカーで修理が行われ1986年末に復帰した[3]。1997年11月にはゴーラがダーウィンのシンクロリフトで損傷している[1]。

アーミデール級哨戒艇により更新されることになり、2005年6月23日にセスノックが退役した。その後順次退役し、2007年5月11日のイプスウィッチとタウンズビルの退役を持って全ての艇が退役した[6]。

退役後、タウンズビルとグラッドストーンは博物館船となり[7][8]、ウロンゴンはペンギンと改名した上で[9]、シー・パトロールのセットとして2008年頃までウォーターヘン海軍基地に係留されていた。

一覧

名称艦番号就役退役[10]
フリーマントル(Fremantle)FCPB 2031980年3月17日2006年8月11日
ワーナンブール(Warrnambool)FCPB 2041981年3月14日2005年11月29日[11]
タウンズビル(Townsville)FCPB 2051981年7月28日2007年5月11日
ウロンゴン(Wollongong)FCPB 2061981年11月28日2006年2月11日
ローンセストン(Launceston)FCPB 2071982年3月1日2006年9月8日
ワイアラ(Whyalla)FCPB 2081982年7月3日[12]2005年9月2日[13]
イプスウィッチ(Ipswich)FCPB 2091982年11月13日2007年5月11日
セスノック(Cessnock)FCPB 2101983年3月5日2005年6月23日
ベンディゴ(Bendigo)FCPB 2111983年5月28日2006年9月9日
ゴーラ(Gawler)FCPB 2121983年8月27日2006年7月8日
ジェラルトン(Geraldton)FCPB 2131983年12月10日2006年10月7日
ダボ(Dubbo)FCPB 2141984年3月10日2007年2月2日
ジーロング(Geelong)FCPB 2151984年6月2日2006年6月8日
グラッドストーン(Gladstone)FCPB 2161984年9月8日2006年3月13日
バンバリー(Bunbury)FCPB 2171984年12月15日2006年2月11日

登場作品

テレビドラマ

「ハマースレイ」としてウォーターヘン海軍基地に停泊中の「ウロンゴン」(2007年1月)
『シー・パトロール』
第1シーズンでは「ウロンゴン」と「イプスウィッチ」が架空の哨戒艇「ハマースレイ」(202)となり[14]、第9話では「タウンズビル」がライバル艇「キングストン」(205)として登場した[15][9][注 2]。
『パトロール・ボート』
架空のフリーマントル級哨戒艇「デファイアンス」として、「ワーナンブール」「タウンズビル」「ウロンゴン」「ローンセストン」「ワイアラ」が用いられた[1]。

ゲーム

『Wargame Red Dragon』
NATO陣営で使用可能な哨戒艇として「フリーマントル」が登場する。

脚注

  1. アタック級は20隻が建造されていた
  2. 第2シーズン以降では、アーミデール級哨戒艇に変更されている

出典

  1. “FAREWELL TO THE FREMANTLE CLASS”. オーストラリア海軍 (2005年10月). 2012年12月20日閲覧。
  2. Jones, Peter (2001). “Towards Self Reliance”. In Stevens, David. The Royal Australian Navy. The Australian Centenary History of Defence (vol III). South Melbourne, VIC: Oxford University Press. p. 222. ISBN 0-19-555542-2. OCLC 50418095
  3. Gillett, Ross (1988). Australian and New Zealand Warships since 1946. Brookvale, NSW: Child & Associates. p. 88 - 89. ISBN 0-86777-219-0. OCLC 23470364
  4. “HMAS Fremantle (II)”. オーストラリア海軍. 2012年12月20日閲覧。
  5. “Armidale Class Patrol Boats (Royal Australian Navy)”. オーストラリア海軍(インターネットアーカイブ) (2006年8月19日). 2006年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年12月20日閲覧。
  6. “Last of the Fremantles bow out”. The Navy (Vol. 69, No. 3) (Navy League of Australia): p. 28. (2007年9月). http://navyleague.org.au/wp-content/uploads/2012/06/The-Navy-Vol_69_No_3-Jul-2007.pdf 2012年12月20日閲覧。
  7. “Maritime Museum of Townsville”. 2012年12月20日閲覧。
  8. “Gladstone Maritime Museum”. 2012年12月20日閲覧。
  9. Barry Rollings (2006年11月2日). “Ipswich switches over”. NAVY News Volume 49, No. 20. 2012年12月20日閲覧。
  10. “Ship Histories”. オーストラリア海軍. 2012年12月20日閲覧。
  11. “Fitting farewell for the ‘Bull’”. NAVY News Volume 48, No. 21 (2005年11月17日). 2012年12月20日閲覧。
  12. “On this day:1976-1999 > Post Vietnam”. Naval Historical Society of Australia. 2012年12月20日閲覧。
  13. “Publication:Navy Annual 2005/Farewell Old Friend”. オーストラリア海軍 (2005年11月17日). 2012年12月20日閲覧。
  14. “Patrolling for a hit”. ジ・エイジ (2007年6月28日). 2012年12月20日閲覧。
  15. “Under the Hammer”. シー・パトロール. 2012年12月20日閲覧。

外部リンク

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