ブナ (パプアニューギニア)
第二次世界大戦
太平洋戦争中の1942年(昭和17年)7月21 - 22日、日本軍はブナに上陸し、飛行場を建設。またポートモレスビー作戦の根拠地として使用した。攻勢に転じた連合国軍によって1943年(昭和18年)1月、日本軍守備隊は全滅した。
連合国軍はブナをラバウル・ラエ方面攻撃の飛行場として、またラエ・サラモアの戦いの策動根拠地として使用した。
戦後、日本人の手により遺骨収集が続けられていた。2012年(平成24年)には、歩兵第229連隊第3大隊の兵士の水筒が遺族に届けられたことが報道された[1]。
出典
- “戦没者の水筒、70年ぶり遺族のもとへ 岐阜の上等兵 ニューギニア遺骨収集で見つかる”. 産経新聞 (MSN). (2012年11月26日) 2012年12月31日閲覧。
関連項目
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