ヘラクレイオン

ヘラクレイオン (Heracleion) は「トロニス」としても知られる古代エジプトの都市。アレクサンドリア近くのアブキール湾沖6.5kmに遺跡が沈んでいる。紀元前12世紀には古代ギリシャの歴史家によって言及されており、エジプト新王国の末期には王国の中心的な港としてその重要性を増していった。

海底遺跡から見つかったプトレマイオス朝のコイン
プトレマイオス3世の石碑

ヘラクレイオンはもともとナイルデルタの島々の上に建てられた町で多くの波止場を有していた。

伝説の始まり

トロイ戦争が始まる前、パリスヘレネーは嫉妬に燃えるメネラオスからこの町に逃れてきたと信じられていた。また、ヘラクレスがこの町を訪れたことがあり、町の名前はヘラクレスに由来しているとも言われた。

古代の文献

ごく最近までこの遺跡に言及する文献や碑文はほとんど無く、興味深いことには、この遺跡をナウクラティスのようなエンポリウム(港湾都市)として語っているものもある。.[1]

古代の歴史家ディオドロス (1.9.4) とストラボン (17. 1.16; ヘロドトス 2.113 も参照)が言及している他、ナウクラティスの石碑にも登場する。そこにはサイスネイトの神殿があり入港税の10分の1が特権として与えられていたと記されている[1]

プトレマイオス3世を称える「カノープス勅令」にもその名が現れる。

ヘラクレイオンは、隔年の「コイアックの月」(コプト暦で4月)にオシリスの密儀が行われた場所と言われる。オシリス神は祭祀船でアメン神殿からカノープス(ナイルデルタにあった都市)の神殿へ渡御する[2]

考古学

ヘラクレイオンにはギリシャ人に「ヘラクレス神殿」として知られていたアメン神の大神殿があった。アメン信仰は年々盛行していった。

ヘラクレイオンは紀元前6~4世紀に栄えたことが考古学的発見によって明らかになっている。紀元前4世紀には時のファラオ、ネクタネボ1世によって多数の神殿が建立された[3]

6~7世紀には大地震や洪水などの要因のため海の下に沈んだ。海底遺跡は2000年にフランスの考古学者フランク・ゴディオ(Franck Goddio) によって発見された[4]。それまでは多くの学者はヘラクレイオンとトロニスが同じ都市をあらわすことすら分からなかった。

脚注

  1. Naukratis: a city and trading port in Egypt, British Museum
  2. PDF file Research by Franck Goddio
  3. Lost city of Heracleion gives up its secrets”. The Telegraph. 2013年6月6日閲覧。
  4. Goddio, Franck. Heracleion”. Sunken civilisation. 2013年6月6日閲覧。

関連項目

外部リンク

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