ベグ
概要
歴史
イスラム教を受け入れたテュルク人の間でも遊牧部族や軍事集団の長の称号として、アラビア語のアミールとほぼ同義に用いられ、セルジューク朝の君主トゥグリル・ベグのように固有名詞の一部としても使われた[2]。
アナトリアでは地方の軍司令官、県知事の官職を指す称号となった。ルーム・セルジューク朝では軍隊の総司令官にベグレルベギ(beglerbegi, 「ベグたちのベグ」の意)という称号が用いられ、オスマン朝に受け継がれてベイたちの上に立つ州総督の官職ベイレルベイ(beylerbeyi)になり、アナトリアとバルカンにそれぞれ1名ずつのベイレルベイが置かれた。オスマン朝におけるベイの称号は次第にパシャに継ぐ高級官僚の称号に変化し、末期には佐官クラスの軍人の称号としても用いられている。現代トルコ語では、ベイは男性の名前(ファーストネーム)につけて呼びかける敬称になっている。
16世紀以降の西トルキスタンのウズベク社会では、都市・村落を統治する部族長たちは「ベグ」の称号を用いた[2]。16-17世紀の東トルキスタンでも、支配階級の身分を表す称号として用いられた。1760年以後の清の支配下でも地主・豪族・官吏などの支配階級の称号として使われ続け、伯克と音訳された[2]。1884年の新疆省設置に伴ってベグ制度は廃止されたが、中華人民共和国初期までベグは在地の有力者としての立場を保ち続ける[1]。
脚注
- 新免「ベグ」『中央ユーラシアを知る事典』、462頁
- 佐口透「ベク」『アジア歴史事典』7巻、229頁
- 間野英二『バーブル』(世界史リブレット人, 山川出版社, 2013年4月)、18頁
参考文献
- 佐口透「ベク」『アジア歴史事典』7巻収録(平凡社, 1961年)
- 新免康「ベグ」『中央ユーラシアを知る事典』収録(平凡社, 2005年4月)
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.